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 けっこう激しく雨が降りました。まるで雨雲の中にすっぽり入ってしまったかのようなスコールで、幹線道路もあっと言う間に水没です。ソンクラーンは過ぎましたが、これから徐々に雨季に向かっていくのでしょう。そう言えば今日は、朝から蒸し暑かったですからね。


 
 さて、昨日載せた読者投稿についてです。駄目駄目ゴーゴーと自称されていた読者のまさおさんですが、経験を積むことによって、すっかり強気になられたようですね。ちゅうちょすることなくレインボー3のMちゃんをペイバーしたところなんぞ、なかなか手慣れたものです。
 
 でもね、私にはどうしても気になるところがあるのです。まず全体的に見ると、「自分はこうですが、他の人はどうなのでしょう?」という気持ちが表れています。チップの話や同一店でのペイバーの話などに、顕著に表れています。これはまだ、自分の行動(思考)に自信を持っていないからですよね。
 
 自信というのは、他の人から見て自分が正しいということの確信ではありません。自分は自分らしくあって良いのだということへの確信です。そこを履き違えると、他者の評価がないと落ち着かなくなるのです。
 
 他人がどう思おうと、そんなことはあまり大した問題ではありません。他人の評価は参考にするだけで、それによって自分自身の評価に影響させるものではないからです。そのことがわかっていないと、他人に誇示するような行動をとるようになります。メールでいただいた内容なので言いませんが、まさおさん、そういう気持ちからやっちゃったんでしょ?
 
 
 次に気になったのは、Fちゃんにお金をあげるときのことです。わざと対価を支払わないよと言って、Fちゃんの様子を伺ったんですよね。そして彼女がそれを当然のように受け入れたことで、まさおさんは喜んだのです。どうしてですか?
 
 おそらく、Fちゃんが金のためではなく、自分のことが好きだから一緒に過ごしてくれたのだと確信したので、喜んだのでしょう。裏を返せば、お金のためだとわかったら、がっかりしていた。そういうことですよね?どうしてそんなことを、確認したかったのですか?
 
 多くの人は、私がなぜそんなことにひかかるのか、理解できないでしょうね。だってそんなこと、当たり前だと思っているから。そう、当たり前のことです。以前の私ならね。でもその当たり前に思えることの中に、幸せになれないカギがあったのです。
 
 
 結論から言えば、まさおさんはFちゃんに依存しています。Fちゃんの態度によって、自分の感情が左右されたわけでしょ。つまり主導権はFちゃん(の態度)であって、まさおさん自身じゃありません。
 
 もし自分が主体だったら、相手を試すようなことをする必要性を感じなかったでしょう。相手の好意を必要としないからです。相手は相手の思いたいように思えばいい。そう感じていたら、試す必要などないのです。
 
 恋愛感情を抱いているとき、よくこういう相手を試すことをやります。わざとすねてみる。わざと待ち合わせに遅れてみる。そうすることで、相手が本当に自分を重要視しているかどうか、本当に好きかどうかを確認しようとするのです。
 
 
 でも、どんなに確認しても、確信は得られません。そのときは喜ぶような結果が出たとしても、確信を持てないのです。なぜか?それは、自分を受け入れてもらえないかもという不安を動機として、確認する行為を行っているからです。不安を動機として何かをしても、生まれるのはさらなる不安だけ。絶対の安心は得られないのです。
 
 恋愛感情が悪いのではありませんよ。恋愛感情に溺れているから、そういう間違ったことをしてしまうのです。恋愛感情は楽しむものです。単なる好みと必要性を、ごっちゃにしてはダメです。必要性は、知らず知らずのうちに忍び寄ってきます。
 
 最初は単に好みだったのに、いつの間にか必要性にとってかわられる。そして気がつかないうちに必要性に支配され、対象に執着することになるのです。そうなったらもう、自分の力ではどうにもできなくなります。操縦桿を対象に握らせてしまったのですから。
 
 
 自分の人生の主人公は、自分自身ですよ。関係してくる人々は、みんな脇役です。そしれその人たちは、自分自身が呼び寄せたもの。そのことがわかってくると、人生を自在に生きることができます。まさおさんの人生では、MちゃんもFちゃんも、そして私も脇役です。
 
 私生活が大変な状態だとメールでいただきましたが、そのことは今回の投稿の中にも表れているように思いました。人生の中で窮地に追い込まれたときは、自分自身が必要だと思ったから、時や場所などを選んで起こした出来事なのだと考えることです。そうすれば、出来事を受け入れることができるでしょう。
 
 そしてその出来事は、自分に問いかけているのです。「さあ、この状況でどうするのが自分らしいの?」出来事に左右されるのではなく、出来事を条件として見るのです。自分の為に、人生が創り上げてくれた条件。そしてたくさんの協力者たち。そこがスタート地点です。
 
 
 多くの読者の方にとって、わかりにくい内容だったかもしれませんね。でも、これが私の真実なのです。これを語らなかったら、私じゃなくなります。私は、こんなことを考えながら、ゴーゴーバーを楽しんでいるのです。そして、ますます好きになっています。