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 菅総理の退陣を求めて、内閣不信任案が提出されました。与党の民主党内からも大量の造反者が出てきて、可決される可能性がありました。「可決したら解散するぞ。」そう脅して引き締めようとしたものの、小沢氏や鳩山氏も反発。結局、菅総理も妥協することになり、不信任案は否決されました。国会ドタバタ劇場の一幕です。


 
 「解散するぞ」が脅し文句というのが、笑ってしまいます。総理自ら、政治家が保身で動いていることを公表してしまったわけですから。みんな選挙が怖いのです。落選すると、ただの人ですから。「先生」と呼ばれてちやほやされることもありません。国や国民のために、私財も命も投げ出す覚悟を持った政治家は、もういないのでしょうかね。
 
 
 佐藤一斎の「言志録」という書籍があります。リーダー、ことに政治家はこうあるべきだと、その有り様を説いています。中でも私が好きなのは、次の一節。「当今の毀誉(きよ)は畏(おそ)るるに足らず。後世の毀誉は畏るべし。一身の得喪は慮(おもんばか)るに足らず。子孫の得喪は慮るべし。」現在の評判など気にせず、後になってどう評価されるかを気にすることだ。自分の損得を考えず、子孫の損得を考えるべきだ。こんな意味でしょうか。
 
 現在の評判というのは、それぞれ利害関係があるので、害を受ける側は悪く言うでしょう。でも後世の人は直接の利害関係がなく、結果的に良かったかどうかで判断します。たとえば増税は、当時の人にとっては酷なことです。でも、もしそれが役に立って社会をより豊かにすることに貢献したなら、後世の人からは評価されます。
 
 自分の損得などにこだわっているようでは、大きな仕事はできません。それよりも子孫が悪く言われないようにする。今が多少悪くなったとしても、将来が豊かになるのなら、敢えて損を取る。自分の利益を追求することを戒め、空間的に時間的に、より大きな利益を考える。それがリーダーの資質だと言うのです。
 
 
 この前、都知事選に立候補された渡邉美樹さんが、震災復興などの活動を積極的にされています。それは大変素晴らしいことなのですが、「ありがとうと言われることをモチベーションにしている」というようなことを、ツイッターで書かれていました。たいていの人はそうなのでしょうけど、政治家を目指すのだったらちょっと...。そう感じたのですが、どうやらご本人は、もう政治には関心がなさそうですね。
 
 さて、多くの人はこの「ありがとう」という言葉に飢えています。無意識に自分への評価を求めていると言ってもよいでしょう。でも、そういう人に限って、タイの女の子にハマってしまい、後で痛い目に合う可能性が高いのです。今回は、そういうお話です。長い前振りで失礼しました。
 
 
 ときどき私に、「ブログに載っていた◯◯ちゃんと親しいのですが、彼女はどんな性格ですか?」というような、女の子の身辺調査を依頼する読者の方がおられます。「生活が苦しいからと言われて毎月◯万バーツを送っているのですが、本当だと思われますか?」などという相談もありました。
 
 はっきり言って、私にはわかりませんよ。私はその子たちの親でも彼氏でもありません。その子がどんな事情を抱えていて、どんな性格で、どの客を騙して、どの客は騙さないかなど、わかるはずがないではありませんか。それに、仮に今は本気で好きだと思っていたとしても、数年後、あるいは数ヵ月後に同じように思っているかどうかなど、いったい誰がわかるのですか?
 
 「いや、別に騙されていても自分の責任ですからいいのですけど...。」こういう人に限って、本当はそうは思っていません。よーく胸に手を当てて考えてごらんなさい。本当はそうじゃないでしょ。もちろん、その時は諦めようと思っているかもしれないけど、やっぱりその子の好意がほしいのです。本当の好意が。
 
 
 「相手に好かれたいと思うことは、当たり前じゃないですか。それとも、それが悪いとでも言うのですか?」まあまあ、そう食ってかからずとも。私も一人芝居が上手くなりそうです。いつも言うように、良いとか悪いとかは、人それぞれの価値観によります。それが私の考え方です。だから、良いと思いたいなら、そう思えばいいのです。
 
 相手に好かれたいという思いは、相手から評価を得たいというのと同じことです。それに一喜一憂するということは、相手の評価によって自分の行動を変えるということ。つまり、自分の行動(たとえば資金援助)と相手の評価(好意,愛情)を、取り引きしているということなのです。それは本当の愛情とは言えないでしょう?そのことは以前、「愛するということ」などで触れました。
 
 
 そういう取引をしたい人は、相手の評価(好意,愛情)に飢えています。ほしくて、ほしくて、たまらないのです。だからあらゆる手段を使って、その欲しいものを手に入れようとします。服やブランド物、金製品などを買ってあげたり、アパート代を出してあげたり、生活費を支援したり。そうまでして、相手の好意を得たいのです。
 
 しかし、そういう取引材料を相手がどう思うか、それは相手次第です。「これだけやったら感謝してくれるだろう。」そんな思惑は、木っ端微塵に吹き飛ばされることが多いです。人は慣れるのですよ。どんなに与えられても、10与えられれば10もらえることが当たり前になり、100与えられればまた、それが当然になるのです。ありがた味は薄れます。
 
 
 相手の評価を気にし過ぎる人は、そうやって女の子にハマっては傷つくのでしょうね。自業自得と言われれば、それまでですけど。でも、それで本当に満足ですか?泥沼から抜け出したいとは思いませんか?もしそう思うのでしたら、自分の考え方を変えることですよ。
 
 この前の「信じること」で書いたように、相手の本質を信じることです。好意や評価を期待せず、ただ愛したいから愛する。相手の評価などは大したことじゃありません。それより、自分らしく生きる方が重要なのです。
 
 もしそうなったら、「ありがとう」の言葉さえ欲しいと思わなくなるでしょう。敢えて相手に感謝の言葉を言わせないように、相手が気がつかないようにするかもしれません。誰がしてくれたかわからないけど、なぜか良くなっている。「ラッキーだなー」そう思ってくれたら、それで十分。「ありがとう」の言葉は背中で聞く。あなたは今、本当の意味で愛したのです。
 
 
 なので政治家も、保身に走るのではなく、自分らしく生きればそれで十分だという気持ちを持ってほしい。誰から評価されなくてもかまわない。それよりも、自分が正しいと思ったことを言い、そのように行動する。そういう一本筋が入った人であれば、評価を気にすることなく大きな仕事ができるでしょうね。ついでに金や女に溺れて、身を持ち崩すようなこともないかと。