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 GWということで、ソイカウボーイを歩いていても日本人の旅行者が目に付く。ほぼ中央部にあるドールハウスでは、店の前に1人用のステージを置いて、女の子に踊らせていた。まるでパタヤのような雰囲気が出ていて、実に楽しい。久しぶりにドールハウスに行ったが、懐かしい気持ちが湧いてくる。今日は、ドールハウスの話をしよう。


 
 ドールハウスと言っても、ソイカウボーイのそれではない。クリントンプラザの方だ。クリントンプラザが閉鎖されるため、ソイカウボーイへ移ったのだ。もう多くの人が知らないだろうが、以前はスクンビット・ソイ15のテルメ(テーメー・カフェ)の近くに、クリントンプラザという一帯があった。はっきりと覚えていないが、ナナプラザのような感じだったかと。
 
 そこには数件のゴーゴーバーがあり、もっとも栄えていたのがドールハウスだった。タイに来たばかりの私は、先輩に連れられてその店に入った。生まれて初めてのゴーゴーバー体験。トップレスの女性がステージに並んで、踊っていた。まともに顔を見ることもできない。私にもそんな、純情な時があったのだ。
 
 
 ゴーゴーバーの仕組を説明してくれる先輩の話を聞きながらも、私はチラチラとステージを見た。女性の裸は何度も見たことがあるし、ストリップも数回見ている。しかし、見るのが平気なほど慣れているわけではない。やはり気になるのだ。
 
 すると1人、私の方をじっと見ている女の子がいた。私は視線をあちこちに飛ばしているのだが、彼女の方を見ると、必ず視線を合わせて微笑んできた。「ひょっとして彼女、私に気があるのかも。」純情というのはおめでたい。私は勝手にそう思い込んだ。
 
 ダンスが終わった。「気に入った子がいたら言えよ。呼んであげるから。」そう先輩に言われたものの、その必要はなかった。私を気にしていた女の子が、すぐに私のところへ来たからだ。名前はオンと言う。色白で痩せていた。胸は小さい。ただその笑顔が、映画「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンのように感じられた。
 
 「この子でいいの?じゃあオレが交渉してやるから。」そう先輩に言われ、すべてお任せした。「最初だからショートがいいだろう。」私のゴーゴーバー初体験は、すべて先輩に仕切られたのだった。
 
 
 ペイバーして外に出ると、すぐ近くの屋台の前でオンは立ち止まった。「ねえ、この服を買って。」いきなりおねだりかよと思ったが、わずか200バーツほどの服をねだる彼女がいじらしく感じた。さっき出会ったばかりなのに、なぜか恋人気分でいる。「ひょっとしたら、本当に私に惚れたのかも。」私は本当におめでたい人間だった。
 
 ホテルに戻ると、オンは部屋の中で服を脱ぎ始めた。さっき見た姿ではあるが、こうして私の目に前で素っ裸になられると、なぜかぎょっと驚いてしまう。彼女は両手をあげて、私にお姫様抱っこでバスルームに連れて行けという。「まるで子どもみたいだな。」その無邪気さがかわいく感じられた。
 
 
 それから何度か、私はオンをペイバーした。しかし段々と、同じことの繰り返しに飽きてきた。「またお姫様抱っこかよ。1人で行ったらいいのに。」口には出さないものの、不満の声は心の中で渦巻いた。同じことをしているのに、初めの頃はそれが嬉しくて、今はそれが苦痛に感じる。なんとわがままなのだろう。
 
 それからしばらく、私はクリントンプラザに顔を出さなくなった。数ヶ月して久しぶりに店に行くと、そこにオンの姿はなかった。給仕の子に聞くと、辞めたと言う。会えないとわかると、今度はなぜか無性に会いたくなる。男とは実に勝手なものだと思う。あちこち尋ね歩いた結果、オンはすぐ近くのプールバーにいることがわかった。
 
 テルメが入っているビルの1階にあるプールバー。そこで働いていると聞き、私はそこを訪ねた。店に入ると、奥の方で女の子が数人たむろしていた。あとでわかったことだが、形式上は店に雇われているのではないようだ。男性客と交渉し、ドリンクを飲ませてもらえばキックバックがもらえる。店に所属はしていないので、ペイバー代のようなものは要らない。ある意味、テルメのようなものか。
 
 
 たむろしている女の子の中に、オンの顔を見つけた。彼女も私に気づいたようだ。微笑むと、彼女は走ってやってきた。そしてその勢いのまま、私に飛びついてきた。まるで映画のワンシーンだ。久しぶりに出会った恋人同士のように、オンは私に抱きつき、ぶら下がり、私は彼女を落とさないように必死に耐えた。
 
 他から見たら、きっと笑えただろう。走ってきて男に飛びつく女。そしてその女を必死に抱きかかえる男。映画のヒーローとヒローインならいざ知らず、背の低い中年の日本人男性と、痩せぎすでそれほど美人とも言えないタイ人女性だ。絵にもなりやしない。しかしオンは、完全に映画のヒローインになった気分のようだった。
 
 
 彼女は、他に何もねだらなかった。お姫様抱っこを除いて。お金も要求しなかったし、ましてや恋人になることも口に出さなかった。ただ、「会いたい」と言うだけで。久しぶりにオンに会ったものの、私は以前のような高揚感を感じなかった。彼女の身体にも魅力を感じなかったし、その性格も好きにはなれなかった。
 
 なんと男とはわがままなものか。いや、男と言っては他の男性に失礼だ。私がわがままなのだ。私はそれ以降、二度とオンの前に姿を現さなかった。はっきり言って、飽きたのだ。もし彼女が本気で私を好きだとしたら、私はその彼女を捨てたのだ。実際、私は彼女から逃げようと考えたし、そうしたのだ。ただ「会いたい」というオンが、うっとうしかったから。
 
 
 私はオンに対して、悪いことをしたのかもしれない。私が彼女をその気にさせ、裏切ったのかもしれない。そう考えることはつらい。でも、私に何ができただろうか?好きでもない女に責任をとって、一生を言いなりになって過ごせば良いのか?それが彼女の幸福なのか?
 
 こうだと言い切れるものはないが、1つだけ彼女に感謝していることがある。それは、私にゴーゴーバーの魅力を教えてくれたことだ。オンのことを思い出すと切ない。でも、それと同時にありがたいと思う。間違いなくオンは、私にとって天使だったのだ。