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 私はどうやら、口が大きい女が好きなようだ。そう自分の傾向に気づいたのは、実はつい最近のことだ。「なんでこの子に惹かれるのだろう?」たいして美人でもないのに、なぜか魅力を感じてしまう。その理由を探していて、やっとわかったのだ。


 最近は視力が衰えたこともあって、遠くで踊っている女の子の顔がはっきりとはわからない。そんな遠くから私を見つけて、微笑みかけてくる子がいる。「あっ、またいた。」その笑顔を見ると、すぐにその子だとわかる。なぜなら、微笑んでいると言うよりも、笑っていると言った方が正しいと思えるほど、口を大きく開けているのだ。
 
 その子は、エロティカで踊っているポーだ。背は低く、顔の半分は口じゃないかと思うくらい、笑った時の口がでかい。でも、その大きな口を見ると、なぜか心が癒されるのだ。「そうか、この口の大きさが魅力だったんだ。」それがわかったことで、なぜか安心感を覚えた。
 
 
 そして、よくよく考えてみると、これまでにも口の大きな子を好きになってきたことを思い出した。今だと、ロングガンでショーをやっているジェットとかノックだ。ショーで踊っているときは真面目そうな顔をしているからわからないが、笑った時の口はとても大きい。ガハハと笑いそうな口だ。
 
 懐かしいところでは、シャークにいたガイも、口が大きかった。細い体をしていて口が大きい。まるで西洋の漫画に出てきそうな感じ。そして、性格が明るくて、何かにつけて「ガハハハ」と笑った。その豪快な笑い方に、なぜか心が安らいだ。
 
 そう考えてみると、たしかに口が大きくて性格が暗い子はいない。少なくとも、私が思い出す中では、みんな明るい子ばかりだ。本当は、大きな口を開けて笑うから、明るく見えただけかもしれない。そこまではわからないが、魅力的なのは間違いない。
 
 
 思い出せる中で最も古いのは、レインボー2で踊っていたビーだろうか。ペイバーすることに飽き始めていた私は、左の奥のコーナー辺りに座って、遠くからステージを眺めることが多かった。そんなとき、ビーと知り合った。
 
 どうやって知り合ったのか、まったく覚えていない。私が彼女を呼ぶことは、絶対に考えられないからだ。体型と言い、顔立ちと言い、まったく私の趣味から外れている。しかも、それほど踊るわけでもないし、仮に踊っても、注目するほどのダンスでもない。どこにも取り柄がなく見える女だったが、いつしか知り合いになっていた。
 
 おそらく、1人でポツンと座っている私を見て、哀れに思ったのかもしれない。話し相手でもしてやろうという親心だったのかも。ともかくビーと知り合いになり、私のところへ来れば、必ずドリンクをご馳走するようになった。
 
 彼女はたいていコーラを飲んだが、時にはハイネケンビールを飲むこともあった。最初は彼女だけだったのだが、だんだんと彼女の仲間もやってくるようになり、多い時は4~5人の女の子が、私の周りでおしゃべりをしていた。おそらくそのグループでは、ビーは姉貴分だったのだろう。おとなしかったが、誰でも受け入れる包容力があった。
 
 
 ある時、ビーの才能を発見したことがあった。ファラン(西洋人)の客が私の隣に座って給仕の子と英語でやりとりしているのだが、それが全く通じないのだ。すると私の横に座っていたビーが、立ち上がってそのファランのところへ行った。そして英語で話し始めたのだ。
 
 私は英語ができないから、何を言っているのかわからない。ただ、やっと話が通じたことで、ファランが安心したことはわかった。「すっげー!英語ペラペラじゃん。どこで勉強したの?」私が驚いてビーを褒めると、彼女は照れくさそうに言った。「ここで働いている間に覚えたのよ。」
 
 高校は卒業したものの、大学には行っていないというビー。子どもを親元に預け、自分一人でバンコクで働いていると言う。ご主人とは別れたそうだ。仕送りをしなければならないが、他の仕事ではあまりお金にならないので、ゴーゴーバーで働くことにしたのだと言う。
 
 それまで、何とも思わなかったビーのことが、急に親しく感じられた。「そうか、お母ちゃんは頑張ってるんだな。」その日から私は、帰りがけにビーに、100バーツほどチップをあげることにした。ただしドリンクは、今まで通りに1杯だけ。「こんなことしかできないけど、がんばれよ!」そんな気持ちだった。
 
 
 ある日、ビーがこう言ってきた。「今月末で仕事を辞めるの。私、もう歳だし、ペイバーも少ないから。」ある意味で、これが彼女たちの宿命なのかもしれない。「それで、これからどうするの?」そう問うと、今度は別のところで給仕として働くと言う。「そうか、がんばれよ。」私には、そう言ってやることしかできなかった。
 
 最後の日、私は彼女をペイバーした。彼女が最後に、私にねだったのだ。友達が働いているというスクンビット・ソイ5の居酒屋に行きたいと。えらく念入りに化粧したビーを連れ、ちょっと恥ずかしいような気もしながら、居酒屋へ行った。その後、ビーは私の部屋へ行きたかったようだが、私は居酒屋を出たところで別れた。そういう関係にはなりたくない。そんな気がしたからだ。
 
 
 その後、ビーとは、何度かあちこちで出会った。その時に電話番号も交換したが、一度も電話を掛けることはなかったし、彼女からもまったく電話をして来なかった。しばらくして彼女の友達から、「ビーは空港職員として働いているよ。」と聞かされた。「あのビーがね。まあでも、しっかり者だから、きっと上手くやるさ。」
 
 それから空港を利用する度に、出入国審査でビーと会わないかと期待したが、一度も会うことはなかった。「本当に空港職員になれたのだろうか?」そんなことを思っていたら、また情報が入ってきた。今度は国連職員として、東ティモールに派遣されていると。「本当かなあ?」そう思ったが、まんざらウソでもない気がする。あれだけ英語が達者だったのだから。
 
 どこか影のある表情だったが、あの大きな口を開けて笑うときは明るかった。お母ちゃんは、今は外国で、子どもや親のために頑張っているのかもしれない。「また、どこかで会えるといいね。それまで頑張るんだよ。私も、頑張ってるから。」そう、心の中で思うのだった。