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 前回に続き、PhetKasemさんからの投稿の後編です。気になる3人目の女の子は、どこのどんな子なのでしょうか。そしてその結末は。PhetKasemさんの想いが込もった物語です。


◆・・・・・・・・・・・・<読者投稿>
◆B店のM
三人目は昨年の7月に知り合った現在29歳の女の子(仮名M)です。
ソイカのB店(ここもソイカウボーイでは超有名店)でウェイトレスをしていました。
Mはとても日本語が上手なのです。
 
昨年の7月に珍しく友人と訪タイしたのですが、友人はタイが初めてなので久しぶりにゴーゴーバーに行ってみたのです。
さすがにS店は顔見知りがまだいるのでB店に行ってみました。
 
30分ほどいたでしょうか。
チェックしてもらうのに呼びとめた子が、日本語で返事をしてきたのでびっくりしました。
 
もうその時点でなるべく早い再訪を心に決め、初めて会ったにも関わらず名前と電話番号を聞いてしまいました。
そしたら、なんと教えてくれたんです。
別れ際に絶対すぐに会いに来るって伝えました。
 
 
だけど電話番号を教えてくれたけど、本当の番号かどうか分からないですよね。
絶対すぐに会いに来るって言っても信じられないもんね。
次の日空港で電話してみたのです。
 
指が震えていました。
こんな気持ち何十年ぶりでしょうか。
それとも爺さんになって子供に帰ったのでしょうか。
 
そうしたら、なんとMが電話に出るじゃありませんか。
それからの私は自分がどうなったのかも分からないくらい、気持ちが昂っていたようです。
 
それからは毎日のようにMに電話です。
そして11月にふたたび訪タイし再会しました。
この4カ月がなんと長かったことでしょう。
 
 
MはここB店で働き始めてまだ数カ月でした。
とても日本語が上手なのですが、カラオケで働いていたような雰囲気でもないし、何故なんだろうって思ってました。
やはり、何かしらの苦労はしてるんだろうって思い、辛い過去を蘇らせるような事はしないようにしてあげようとしました。
 
ご存知のように、ゴーゴーバーではノルマ達成のダンサーは自由出勤が許されるようなシステムですが、呼び込みやウェイター、ウェイトレスなどは6時ころまでには出勤し、尚且つ、B店やS店の様な有名店は朝の3時閉店なのでそれまで仕事です。
それでいて休みは月に2日間だけなので大変な仕事です。
 
なかには飲み逃げするお客もいて、その責任は接客したウェイトレスが被るようです。
たかだか、150Bや300B程を飲み逃げして何が面白いのでしょうか。
今のB店はお客の入り方は異常と思われるほど入っていますので、飲み逃げは容易に出来ると思うのですが許せませんね。
 
 
このMはオンヌットの奥の方に、病気持ちのおばさんの家に居候していたのです。
ここソイ23までの行き帰りの通勤は大変なようです。
そういう訳で店の近くにアパートを借りる予定だと言うのです。
本当に借りるのだったらとりあえず、1年間だけ援助させてくれって伝えました。
それとは別にMのアパートに泊ったら一日幾らって約束しました。
 
これは私からの提案です。
ホテルやサービスアパートに泊れば2000Bはかかるし、ペイバーしてロングだったら4000Bは払わなければならないし。
合わせて一日6000Bは消えますね。
それに飲み代が・・・・・。
 
そのお金をMがコンケーンの両親や兄弟の手に渡したとしても、私としてはそれでも良いと思っています。
Mの友達のPは以前日本人と結婚していたらしいのですけど、日本人の旦那はPに渡したお金がPの家族に渡る事をすごく怒ったのですって。
私にはその考え方が理解出来ません。
奥さんが幸せで、奥さんの実家がそれで幸せなら、旦那さんも幸せなはずなのですけどね。
 
 
Mには今の仕事を早く辞めて欲しいのですが、昼間の仕事だと今の収入は無理で、ましてや仕送りなどは出来ないでしょう。
事務系だと8000~10000Bくらいが平均収入ではないでしょうか。
それを言える立場ではないし、そこまでの援助が出来ないのがとても悔しいのです。
Mは今年で29歳、私は60歳で病気持ち、いつ死ぬか分からない身体です。
すでに、分身は数年前に死んでるし。
人間の出会いって酷なものですね。
 
 
12月に入るとすぐ、アパートが見つかったと知らせが入ったので、ホッとしました。
ソイ22で月4500Bとの事なのでそんなに期待はしていませんけど、シャワーはホットかな?
案の定、水シャワーでした。
 
5階建ての小奇麗なアパートです。
私はとても気に入りました。
まー、安いので色々不満はありますが欲を言ったら切りがありません。
 
 
この時の訪タイはとっても忙しかったのです。
何しろMは着る物しか持っていなかったので、冷蔵庫、電子レンジ、食器類、テーブル、テレビ、オーディオ、その他諸々を揃えるのにプララーム4のBIG-Cに何回も通いました。
これで一応生活するのに必要な物は揃えてあげました。
 
こんな事までする必要ないと思うのですが、欲しい物を手に入れる為に私の知らないところで、お客と交渉などはして欲しくなかったので。
しかし若い女性なので、それはそれで仕方ない事なのでしょうかね。
私の体がそれをカバーする事が出来ないので・・・・
 
でも、Mには好きな人が出来たら教えなさいと言ったのですが、私の気持ちを分かってくれたのでしょうか。
しっかりとした考えで、好きな人が出来たら私は貴女のそばから離れるからね、遠慮なく言いなさいって。
私はMが幸せな人生を送ってもらいたいので、荒んだ生活をして欲しくないのです。
何か彼女は暗い過去があるように感じるので心配なのです。
それを聞いてあげられない自分にも腹が立っています。
 
 
Mの出勤時間はだいたい5時から5時半くらいにアパートを出ます。
そして帰って来るのが朝の3時半頃。
帰って来ると洗濯してシャワーを浴び、ベッドインで起きるのが夕方3時半頃です。
時間的に何もする事が出来ません。
 
何かをしたい時は睡眠時間を削るしか無いのです。
だから、私が部屋にいる時は水、洗剤、ペーパー類等を出来るだけ買い溜めしてあげているのです。
部屋が4階なので水だけでも買って来るのは大変です。
何せ4500Bですからエレベーターが無いのです。
 
それと、タイ人の洗濯って大変なのですよ。
何故かって?
普通、日本人はジーンズを穿いても数日間は洗いませんよね。
しかし、タイでは毎日洗うのです。
 
ですから、Mの洗濯物は前夜着て寝たTシャツ、半パン(私が日本から持って行った男物のステテコが楽なようではいて寝ています)、通勤に着た上着、ロングのジーンズ、仕事で着たユニフォーム、ショートデニムパンツ、そして下着類、昼間出掛ければそこで着た上着、ジーンズ、下着等。
そして、バスタオルは2日に一回の洗濯。
 
なので、私が居る時は毎朝私が洗濯していますが、洗濯と言っても全部手洗いですよ。
これをMは毎日やっているのです。
本当は洗濯機を買ってあげたいのですが置く場所がないのです。
 
 
今年に入ってMの仕事が順調になって来たのですが、私にとって少し誤算がありました。
それは、生活時間帯が全然違うという事です。
当然と言えば当然なのですが、Mの時間に合わせた生活は私にとって不可能ですし、Mに朝帰って来たら寝る時間を少し遅くしろとは言えません。
何しろ、ウェイトレスは重労働なのですから。
 
皆さんは、ゴーゴーバーに行ったら、ただダンサーを眺めていたり、どの子を指名しようかとしか考えていないと思いますが、一度じっくりウェイトレスの仕事ぶりを観察して下さい。
それはそれは大変なのが分かるとお思います。
なかにはただ立っているだけの子もいますけどね。
 
もし大変な仕事だとお感じになったら、接客してくれたウェイトレスにドリンクの一杯も、ご馳走してあげて下さい。
そうしたら、貴方が次の日に来て席が空いてなくても、きっと座らせてくれると思いますよ。
 
ドリンクの話ですが、私はB店に行くとペイバーもしないのに5000~7000B使います。
私はバーボンのロックをダブルで頼みます。それを4~5杯。もうそれで1200B~1500Bです。
それとMのお友達連中に必ずご馳走します。
それはMを宜しくお願い致しますという意味なんです。
 
Mは勤め始めてもうすぐ1年になりますが、ここでは新参者です。
仲間外れにされたらと思うと悲しいのです。
女の職場は怖いですからね。
 
 
4月には少し長く滞在しました。
この時に私はMに対する気持ちをあらためて打ち明けました。
Mも過去の事を少しでしたが私に教えてくれました。
 
Mは20歳の時に日本人と結婚して、子供を授かったそうです。
そして今、子供は日本で暮らしているそうです。
 
相手の人はどんな人かは聞きませんでしたが、Mの日本語の習得具合からいったら相当厳格な人か、きちんとした人だったのではないでしょうか。
まー、それ以上聞いても仕方のない事ですし、それでますます思い出して辛くなってしまったら、可哀そうです。
 
ただ、泣きながらこんな事を言ってました。
日本語を覚えなければよかったと。
そんなMを見るのが辛かったです。
 
それは過去の事なのか、それともそれによって私と、この様な関係になってしまった事を言っているのか、定かではありません。
ただ言える事はその事、日本語を覚えた事によって人生が狂ってしまったり、穏やかな生活を送れなかった事なのでしょう。
これから先Mが、幸せな生活や幸せな出会いや幸せな結婚が出来るように私は祈るだけです。
そして末長く健康でいて欲しいと願うばかりです。
 
 
Mとは3週間ほど一緒でしたが、お休みが取れたのはコンケーンからお母さんと妹が子供を連れて、Mに会いに来た2日間だけでした。
お母さんには私の事も、私の病気の事も伝えてあるそうです。
お母さんと言っても私より一回りも若いのですから複雑な心境です。
 
当然お母さんや妹も同じ心境でしょうね。
お母さん達は3日間滞在していましたので、私はその間は近くのホテル住まいです。
1日目は邪魔をしてはいけないので私は一人ぼっちです。
 
2日目は皆でお買い物。
妹の子供に洋服と靴を買ってあげました。
そして昼はMKへ、夜プララーム3のVIEWでごはんを一緒に食べました。
 
3日目はMが仕事なので夕方にコンケーンに帰る筈だったのですが、私に気を使ってでしょうか朝帰りました。
もう一生会う事も出来ないお母さん達の事を思うと、これを書きながら涙が止まりません。
私はもうこの時Mだけではなく、お母さん達も愛してしまったのでしょうか。
出会いは残酷です。
 
 
そしてこれから先、私とMはどうなるのでしょうか。
多分良い別れでは終わらない予感がしますが、死ぬまで私はMの幸せを願っているでしょうね。
本当にMには幸せな生活、幸せな出会い、幸せな結婚、そして健康で生涯を全うして欲しいです。
 
Mの今年の誕生日には会いに行くつもりです。
 
 
おわかりのように私はゴーゴーバーには毎日のように通っていましたが、ダンサーが目当てではなくその裸に近い姿で踊っているのを眺めているのが好きなスケベな爺です。
私の人生はそんなに長くはないと思いますが、発病後私に幸せをくれたNとYとMが健康で幸せに暮らせるよう祈るばかりです。
◆・・・・・・・・・・・・<読者投稿>
 
 
 いかがでしたでしょうか。PhetKasemさんのMさんに対する気持ちが、にじみ出てくるような文章だと思いました。いろいろと切ない思いを感じながら、それでも良くしてあげたいと思われるのでしょうね。
 
 いつもの私らしくないですか?たしかに、「溺れかけてますよ」と言いたい気持ちもあります。それはありますが、それもわかった上で溺れてみる生き方もあるのかと思うのです。ともかく体験してみることです。体験せずにああだこうだと言ったって始まらない。そんな気がします。