Pocket

 ソイカウボーイのドールハウスには、メリーゴーランドのように回転するステージがある。と言っても、ナナプラザのビルボードのような大規模なものではない。せいぜい4~5人が踊れるような規模のステージだ。その脇に、ツノのように飛び出した回転しないスペースが2ヶ所ある。そこで踊るのはだいたい、ダンスが得意な子だった。


 
 その子がそこで踊り始めた時、私の目は完全に釘付けになってしまった。音楽はアップテンポのダンスミュージックなのに、それとまったく合っていないリズムだ。かと言って、違和感もない。16ビートを4ビートで踊っているような感じなのだ。
 
 他の子が4回ステップを入れている間に、その子は1回しかステップを踏まない。なんというゆったりとした動きなんだ。かと言って、休んでいるとか怠けているわけではない。むしろその逆だ。身体のあらゆるパーツが、ゆったりとそれぞれに動いている。強いて言うなら、太極拳の動きを想像してみてほしい。あのような感じで手、足、顔がゆったりと動くのだ。
 
 それを見ながら私は思った。「これは...まさしく蛇だ。蛇のダンスだ。」身体に描かれたタトゥーが、艶かしく静かにくねる。木の枝を這う蛇の、鱗の一つひとつが同じ線をたどっていくように、指先から手首、手首から肘、肘から肩へと動いていく。背骨の線を左右にくねらせるさまは、まさに蛇が木に登っていくところを彷彿させる。
 
 
 その子の名前はナーと言う。背が高い。測ってみたことはないが、170cmくらいはあるのではないだろうか。それなりに肉がついているのだが、背が高いので痩せて見える。彼女がステージで踊り始めると、私はもう他の子を見ることができない。蛇に睨まれた蛙ではないが、彼女の動きをつぶさに見たくてたまらなくなるのだ。
 
 あまりに私が食い入るようにして見るものだから、ナーも私に気づいたようだ。ときどき私の方を見て微笑んでくる。しかしすぐにダンスのモードに入る。伏し目がちにうつむいた時のまつ毛が美しい。先が尖った顎のラインがシャープで、軽く開いた口元にエロスを感じる。手が伸びきって頂点に達した時、私も思わずエクスタシーを感じそうになった。
 
 私は、店を出るとき、ナーにチップをあげた。100バーツほどだったが、素晴らしいショー(私にとっては十分にショーに匹敵するダンスだ)を見せてくれたから。それからも、彼女が踊っているのを見ると、私はチップを渡して店を出るようになった。
 
 
 そんなことを何度か繰り返したころだ。何度見ても飽きないナーのダンスに、私は100バーツしか払わないことが申し訳なくなった。「こんな素晴らしいショーを見せてくれて、それでたったの100バーツしか払わないなんて、そんなひどい話はない。」無性にそう思ったのだ。私はその日、もっとたくさんあげたくなった。財布から1,000バーツ札を取り出すと、それを4つ折りにしてポケットに忍ばせた。
 
 いつものように、ナーが踊っているときに店を出る。そうすれば、ステージ上の彼女にチップを渡しやすいからだ。いつもと同じことなのだが、なぜかちょっと緊張する。「あなたには、これを受け取る価値がある。1,000バーツのチップ以上の価値があるショーだ。」私は、彼女が他の客から呼ばれてステージを降りたりしないことを願いながら、ビールを飲み干して精算した。
 
 
 やっとお釣りが戻ってきたので受け取ると、私は立ち上がってナーの元に近づいた。いつものように、4つ折りにしたお札をチップとして渡す。彼女は微笑みながら、ワイ(体の前で手を合わせる挨拶)をしてそれを受け取った。私は彼女の反応を確かめようともせず、出口に向かって歩いた。
 
 ふと、後ろで素っ頓狂な声が聞こえた。振り向くと、ナーがお札を広げて他の子に見せている。まさか1,000バーツとは思っていなかったから、広げてみて驚いたのだろう。私は、すぐに店を出た。みんなから注目されるのが嫌だったからだ。
 
 1,000バーツは、日本なら1万円に相当するとも言われる。実際のレートだと、その当時で3千円程度だっただろうか。キャバクラで3千円のチップをあげたところで、どれほど喜ばれるだろうか。たった20分か30分の指名料でさえ千円はするし、それとて他にも指名客がいたら専有できない。それを思うと、私にとって1,000バーツのチップは、彼女に対する最低限の礼儀だったのだ。
 
 
 次にドールハウスへ行くと、すぐにナーが私のところへやってきた。私は、別に彼女を呼びたかったわけではない。ただ、そのダンスを見たかっただけなのだ。だから彼女にそう言って、今回だけだからと断ってドリンクをごちそうした。
 
 ナーは以前、アユタヤの工業団地に入っている日系の工場で働いていたそうだ。それもあって、日本人が好きだと言う。それはお世辞かどうか知らないが、悪い気はしなかった。「でも私、身体が大きいでしょう?だから日本人のお客さんからは好かれないの。」ナーは寂しそうにそう言った。
 
 もっと自信を持ったらいいのに。その体の大きさが故に、ナーのダンスが映えるのだから。私は言った。「あなたは美しい。あなたのダンスは最高だ。他の誰にも真似ができない。私が1,000バーツのチップをあげたのは、あなたのダンスがあまりに素晴らしかったからだ。」恥ずかしそうに笑うナーは、ステージで踊っているときとは別人のようだった。