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 ナナプラザのレインボー2が、まだ今のように改装される前の話だ。その頃は、ステージを取り囲むように二重のカウンター席があり、その背後にソファー席があるという、三重構造の客席になっていた。ステージ周りのカウンター席が客で埋まることはそれほど多くはなかったが、その後ろのカウンター席は、すぐに客でいっぱいになった。


 私も最初は、その真中のカウンター席の端に座ることを好んだ。そこからだと、ちょうど良い距離でステージで踊る女の子を眺めることができる。伝説のグンが背中の天使を見せつけながら踊っていたのも、ちょうどその頃になる。
 
 
 その当時は私も、よく女の子をペイバーしたものだった。良い思いをしたこともあったが、残念な思いをしたことも多かった。ただ心の寂しさを埋めるために、女の子の温もりを求めていたからだ。そんな失敗が何度もあると、さすがに私も学習する。あるときから簡単にはペイバーしなくなり、座る場所も店の左奥のソファー席になった。
 
 その席からだと、ステージ全体は見えるものの、個々の女の子の詳細まではよく見えない。ギラギラした目で物色するのではなく、俯瞰(ふかん)しながら雰囲気を楽しむスタイルになった。そんな客が珍しいのか、呼びもしないのに女の子が集まってくるようになった。その中の1人に、小さくて目の大きなかわいい子がいた。名前をニンと言う。
 
 
 ニンは、ロリコンが多いと思われる日本人が好きそうなタイプだった。太ってはいないが、痩せてもいない。コロコロとした子犬のような可愛らしさがあった。それなりに人気があると思うのだが、積極的に営業しようとはせず、ダンスが終わると私のところへやってきた。
 
 私はいつもドリンクを1杯しかご馳走しないし、特に話をするわけでもない。おそらく、私の周りに集まる女の子同士が仲良くて、そこにいると落ち着くのだろう。まるで庭にやってくる小鳥を眺めて喜んでいる人のように、私も彼女たちの笑顔を見ながら心地良い時間を過ごしていたのだ。
 
 あるときから、ニンの姿を見なくなった。スポンサーがついたのかもしれない。あるいは、辞めて田舎に帰ったのかも。彼女の田舎がどこかも知らないし、どういう事情があるかという話をしたこともない。ただ馴染みの顔が見えなくなっただけ。残念な気持ちもあったが、すぐにそれも忘れてしまった。
 
 
 それから1年以上経ったある日のことだった。私がレインボー1へ行くと、新しい給仕の子がいることに気づいた。背が小さくて目がまん丸で...。ニンだった。「どうしてここにいるの?」ニンも私に気づくと、以前のような笑顔でやってきた。
 
 ドリンクをご馳走すると、ビールがいいと言う。以前はいつもコーラだったのに。そのとき私は、ニンが大人になったような気がした。いや、年齢的にはもともと大人だし、見た目は相変わらず子どもっぽいのだが、彼女の気持ちが変化したように感じたのだ。
 
 
 レインボー2を辞めた後の話を聞いて、その予感が正しかったことがわかった。彼女は日本人のある客のことを好きになり、結婚する約束をしたのだと言う。それで、仕事を辞めたのだと。けれども、その夢はかなわなかった。彼が自分の親を説得できなかったから。
 
 しかもそのとき、お腹に子どもがいたのだと言うではないか。「カー・レーオ(殺した)!」彼女は笑顔のまま、両手をお腹の上から下に勢いよく下げるような仕草で、堕胎したことを告げた。私はそれに対して、どんなリアクションをとって良いかわからなかった。
 
 
 笑顔で話してはいても、きっと何度も泣いたことだろう。その男を信じて、子どもまでもうけたのに。その男の母親が、猛反対したらしい。おそらく、ゴーゴーバーで働いている子だなどとは、その男も母親に言わなかっただろう。タイ人の女性、外国人の女性というだけで、反対されたのだと思う。
 
 日本でしか暮らしたことがない母親なら、外国人の女性と結婚することに反対することなど、十分に予想できたことではないか。子どもまで作りながら、どうして?仮に説得できなくても、反対を押し切って結婚することだってできるではないか。
 
 
 そう思うものの、彼には彼なりの事情もあったのだろう。少なくとも私には、彼を批判する資格はないし、批判する気持ちもない。私もかつて愛した女に、「もし子どもができていたら、悪いけど堕ろしてくれる?今はまだ結婚できないから。」と言ったことがあるからだ。
 
 おそらくその女は、つらい思いをしたに違いない。今ならそれがわかる。当時は私もまだ若く、自分のことで精一杯だったのだ。そんな未熟な私と付き合ったことを、不運と思ってあきらめてもらうより仕方がない。幸いなことに、私の場合は子どもはできていなかった。
 
 
 ニンは、久しぶりに私と会えたことを喜んでくれた。「もう1本飲ませてよ。」以前は遠慮して、そんなことを言わなかったのに。でも、遠慮しないでくれることが、私も嬉しかった。「もちろん、いいよ。」結局その日、彼女はビールを3本飲んだ。そして、酔って仕事にならないからペイバーしろと他の給仕の子から言われ、私はニンをペイバーした。
 
 ニンを連れて私は、スクンビット・ソイ5にあるタイ料理屋へ行った。そこで食事をし、ニンはそこでもビールを飲んだ。「今日は酔っ払いたいの。」相変わらず笑顔のままだが、それまで積もり積もったものがあるのかもしれない。私は言われるがままに、ニンに飲ませた。
 
 酔いつぶれたニンを連れて、私は部屋に戻った。もう一歩も動けない感じで、ニンはベッドの上に仰向けになった。あられもない格好とは、こういうことを言うのだろう。無防備に足を広げ、まさに大の字になって寝ている。シャワーも浴びないで。
 
 
 それから2ヶ月くらいで、またニンの姿が見えなくなった。今度はしっかりしたスポンサーが見つかったのだろうか。それを確かめる術(すべ)もないが、私はニンが幸せであることを祈った。その後、彼女の姿を見かけることはなかった。