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 夏休みが終わってしまいましたね。9月と聞くと、もう秋になるなあという気持ちになります。実際は残暑もあって、夏のような天気のことが多いのでしょうけど。けれども、あちこちに秋の気配が顔を出します。空の雲が形を変えたり、樹木の葉の緑に勢いがなくなったり。易の話に、陽も行き着けば陰に転じるとありますが、まさにちょうどそういう季節です。


 もちろんタイでは、まったくそんな変化はありません。雨季のまっただ中ですから。雨季が明けるのは11月になってから。それまでは多少の変化はあっても、同じような気候が続きます。それを思うと、日本の四季は本当に素晴らしいです。自然を見ているだけで情緒豊かになるというのも、わかる気がします。
 
 
 さて、お盆を中心に、日本からもたくさんの旅行者が遊びに来られたようです。読者投稿をしてくださる方もおられますし、投稿までは行かなくても、メールで報告してくださる方も大勢おられます。私のブログが役立ったと書いてくださる方もおられて、そういうメールを読むと、このブログをやってて良かったあと思うのです。
 
 今日も、初めてメールをくださった方がおられました。ケンさんとおっしゃる方。仕事でタイに来て、タイが好きになったそうです。それで今度は夜遊びもと、GWに旅行で来られたとか。ところが、初めてゴーゴーバーに入ったものの、場に馴染めず、疎外感を感じられたようですね。
 
 誰からも声を掛けられないということは、初心者の人にはつらいことかもしれません。だって、どうやって遊んだら良いかがわからないのですから。慣れてくると、放っておかれる方が楽ですけど。そんなわけでケンさんは、ゴーゴーバーは自分に合わないと感じられて、その旅行中はゴーゴーバーに行かれなかったようです。
 
 
 ところが8月に来られたときは、ナナプラザでショーを見ようと思われたのだとか。たしかにショーなら、相手をされなくても大丈夫ですからね。私もケンさんのメールを読んで、なるほどと思いましたよ。どう振る舞って良いかわからない人は、ショーを観に行けばよいのです。
 
 そこでケンさんは、ショーを楽しんだ上に、給仕の子やゴーゴーガールとも仲良くなって、初ペイバーで初ディスコまで体験されたそうです。うまく回り始めると、そういうものなのですね。最初は勝手がわからなくて戸惑っていたから、自分には合わないと感じられた。けれども一度でも楽しい体験をすると、またやりたいという意欲が湧いてくるものです。
 
 
 私は、夜遊びは人生の縮図だと言っています。それは特に外国での夜遊びなのですが、一生分の体験を短い間に凝縮して体験できると思うからです。その体験こそが、自分にとって宝だと思うのです。
 
 たとえば、ケンさんもそうだったようですが、女の子からドリンクをねだられて、断り切れないことがあります。断ると悪いような気がするし、かと言ってそう良い顔ばかりもできません。最初は、「なんでそうやってオレのところへ来るんだよー!?」と、相手に対して腹を立てることもあるでしょう。相手がねだって来なければ、心穏やかにいられたのですから。
 
 
 こういうことって、人生の中で何度もあると思いませんか?「あの上司、いつも帰り際に仕事を押し付けるんだよな。いい加減にしてほしいよ。」そう愚痴をこぼしたことは、多くの人が経験されているでしょう。「でも仕事だから」とか、「相手はお客さんだから」など、いろいろ理由をつけて怒りを鎮めてきたはず。けれども、どうにも釈然としなかったと思います。
 
 タイの夜遊びでは、「ノー」という選択肢があるのです。嫌われたっていいじゃありませんか。いろいろな自分を演出できます。断り方だって、いろいろあるでしょう。怒る、無視する、穏やかに説明するなど。試してみたらいいじゃありませんか。それができるのです。
 
 
 人は、失敗からしか学ばない、と言われます。体験とは、失敗することです。いろいろな失敗をすることで、多くのことを学べるのだと思います。ですから、旅の恥はかき捨てで良いのです。やってみて、良かったかどうかを考えるのです。
 
 かく言う私も、失敗はよくします。「あーちょっとやり過ぎたなあ。適当なところでやめておくべきだった。」そう反省することは、本当に多いです。女の子に嫌な思いをさせたこともあります。何度もです。自分が折れることで、不満を溜めてしまうこともあります。「不満を溜める前に、店を出るべきだったなあ。」なんて反省することもあります。
 
 でも、いつも思うのです。こういう体験ができるから、いろいろなことが学べるんだなあと。良かったと思える出来事も、失敗したなと思う体験も、すべて私の宝です。それによって、私は私自身を知るからです。私という人間がどんな人間なのか。夜遊びというインモラルな世界だからこそ、自分のすべてをさらけ出せると思うのです。
 
 
 道徳という言葉で自分を縛ってしまう人は、おそらく私の考えは受け入れられないでしょう。私も、そういう人を説得しようとは思いません。人には、それぞれの価値観がありますから。けれど、ある価値観で私を縛ろうとしても、それは無駄なことです。誰も他人を変えることはできないのです。
 
 このブログは、夜遊びによって自分自身を知り、自分を変える人のためのものです。他人を変えるためのものではありません。自分を変えようと思われる人には、大いに役立つと思います。失敗を怖れずに、まずやってみたらいいのです。いろいろと、試してみたら良いのです。そうすれば、新たな自分と出会えるでしょうから。