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 ある読者の方からメールをいただきました。そこには、信じがたいことが書かれていたのです。同じ日本人で、こんなことをする人がいるのか!?そう、驚かざるを得ませんでした。その読者の方も、その行為に大変な怒りを覚えたそうです。


 
 それは、盗撮です。ゴーゴーガールではなく、テルメの子だそうですが、その子から直接聞いた体験談だそうです。その子がシャワーを浴びているとき、盗撮されていることに気が付き、録画したビデオを消去するよう求めたのだそうです。
 
 ところがその日本人は逆ギレし、その子に対して殴る蹴るなどの暴行を働いたとか。お店の庇護のないテルメの子です。個人でやっていれば、なかなか殺し屋を雇うこともままならないかもしれません。(5千バーツも出せば殺し屋を雇えますから、タイ人とのトラブルはお気をつけください。)結局、泣き寝入りするしかなかったのだと。
 
 その読者の方は、その子の体に残るたくさんのアザを見て、泣きながら詫びたそうです。自分がやったわけではないけれど、同じ日本人として申し訳ないと。そのメールを読みながら、私ももらい泣きしてしまいました。その子の体の傷は、いつか癒えるでしょう。けれども心に残った傷は、ずっと付きまとうかもしれません。
 
 
 そのメールを読みながら、私は自分が書いた記事を思い出しました。私も以前、盗撮するマナー違反の客について書いたのです。調べてみると、「ひとりごと」の1回目に、「トラブル」と題して書いていましたね。
 
 このことをブログに書くことによって、このブログの方向性が決まったような気がします。私は夜遊びそのものを否定したりはしませんが、誰かを傷つけること、特に夜の仕事をしている女の子を傷つけることは、してはならないことだと思っているのです。
 
 それは、そのことが倫理的に正しいとか、マナーだとかいう理由ではありません。そういうことをしても、自分自身が楽しめないことがわかっているからです。暴力を振るった日本人も、それで楽しかったでしょうか?けしてそんなことはありません。それが証拠に、キレたのでしょう?キレるというのは、「苦しい。助けてくれー!」という悲鳴です。
 
 
 夜遊びは人生の縮図です。濃縮した人生を味わえる場です。何でもありだからこそ、何であるかを自分で決めるのです。誰のせいでもなく、自分が選んだのです。そしてその結果は、自分で受け取る他ありません。
 
 楽しいこと、気持ちの良いことをしませんか?本当に心から喜べることをしませんか?それが何かを、自分で考えるのです。そして、自分で決めるのです。他人の判断基準など、完全に無視することです。自分の心の声を聞くのです。そうすれば、自分らしく生きることができるでしょう。
 
 
 今回の件で、そのテルメの子は、心に深い傷を負いました。けれども、救いがあります。それは、代わりに泣いて詫びてくれる男性と出会えたこと。こんなことは、なかなか体験できることではありません。その読者の方の行為が、どれほどの救いになったでしょうか。私はそのことを、とても嬉しく思います。
 
 また、その読者の方も、ある意味で良い体験だったとも言えると思います。それは、そういう出来事があったからこそ、その子への愛情がさらに深まったと思うからです。もう、どこにでもいる女の子ではありません。特別な子になったのです。特別な体験を共有したのですから。
 
 
 「人間万事塞翁が馬」という話があります。一見、悪いことに思えるようなことが、実は良いことの兆しだったりします。そのことを教えてくれる話です。過去の出来事を変えることはできませんが、その解釈を変えることはできます。そして、その人がどう考えるかによって、未来の出来事が決まるのです。
 
 誰かを恨んで鬱々として生きるより、誰かを愛して嬉々として生きる方が素晴らしいことだと思いませんか?もしそう思われるのでしたら、そうすることです。それを決めるのは、他人や出来事ではありません。自分自身です。今回の出来事によって、そのテルメの子と読者の方が、より幸せになられることを祈っています。