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 カウンターバーに並んで座っていると、私の肩に頭をもたれかけてくる。ただ甘えているというより、不安な気持ちを小さな胸にしまいこんで、必死で耐えているような感じがする。名前をプンと言う。ナナプラザのレインボー1で知り合った子だ。


 どうして彼女をペイバーするようになったのか、もうすっかり忘れてしまった。背が小ちゃくて、丸顔の子だった。年はその頃、25歳くらいだったと思う。小さいのでそんな年には見えなかった。私が微笑むと、やっと安心したように笑顔を見せる。けれども、いつも心の中は、緊張の糸がピンと張ったような感じだった。
 
 
 「以前は何をしていたの?」そう尋ねると、歌手をしていたという。「そりゃ、すごい。」歌手と聞いて、すごい経歴だと思ったのだ。しかし、歌手といってもピンからキリまである。全国区の人気歌手なら、音楽会社大手のグラミー(GMM)やRSからCDデビューしたりして、テレビにも登場するのだろう。しかし多くは、地場のライブハウスのようなところで、訪れた酔客を相手に歌をうたうのだ。
 
 プンもまた、そういうところの歌手だったのだろう。出演料はわずかなもので、あとは客からのチップが主な収入になる。金持ちの客だと、100バーツ札を何枚も連ねて輪を作り、それを首からかけてくれる。歌手にとっては、とてもありがたい客だ。中には、1000バーツ札で作ってくれる人もいる。
 
 歌っている間に、客が気に入って呼んでくれることもある。歌が終わるとその客のところへ行き、お酒の相手をする。飲ませてもらえばドリンクバックも入るし、チップもはずんでもらえるだろう。客の中には、ホテルに誘う者もいる。受けるも受けないも自分次第だ。
 
 
 「それじゃあ売春婦と同じじゃないか?」ですって?「冗談じゃあない。私たちはエンターテナーよ。裸をさらして商売しているわけじゃない。でも人間だから、客と恋することだってある。その客が、ちょっとお小遣いをくれるだけ。」そう、強がってみたくもなる。
 
 そんな歌手が、ごろごろといるのがタイなのだ。プンも、最初はそういうところで歌手として働いたのだろう。しかしおそらく、それでは思ったほど儲からなかった。だから裸をさらしてでももっと儲かる仕事をしようとして、レインボー1へやってきたのだと思う。
 
 
 私は彼女をつれて、よくカラオケスナックへ行った。カウンターバーに座り、私は得意の喉を披露した。彼女にも何かうたったらと勧めたのだが、VCDを見ているだけで、歌を選ぶことはなかった。彼女がうたっていた歌とはジャンルが違う、ポップスしかなかったせいかもしれない。だいたいそういうところの歌手は、ルークトゥンとかモーラムと呼ばれるような、演歌か民謡のような歌をうたうのだ。
 
 私が歌をうたい終わると、彼女は決まったように私の肩に自分の頭を乗せた。ただ乗せるだけでなく、その感触を味わうかのように、すりすりとこすりつけるのだった。そのカラオケスナックへは、私はよく1人でも行く。馴染みの女の子もいた。その子があとで私に言った。「あのつれてきた子、あなにぞっこんみたいよ。」
 
 私は、そういう恋愛感情までは抱いていなかった。独りで夜を過ごすのが嫌だったから、誰か一緒にいてくれる人がほしかっただけ。もしプンが私に気持ちを打ち明けたなら、私は二度とペイバーしなかったかもしれない。「ほんの遊びだよ。」その程度の気持しかなかったのだ。
 
 
 遊びは、いつかは飽きるものだ。私はだんだんとレインボー1へ行かなくなった。そして、プンをペイバーすることもなくなっていた。たまに行っても出会わなかったため、私は何となく、彼女はもう仕事を辞めたのだと思っていた。
 
 ある日、BTS(高架鉄道)に乗ってナナへ行こうとしたことがあった。乗降口のすぐそばに立っていると、しばらくして目の前に座っている女の子に見覚えがあることに気づいた。「あれっ、プンじゃないの?」そう思ってまじまじと見たが、その子は私に対して何の反応も示さなかった。
 
 電車から降りると、私はスタスタとナナプラザへ向かって歩いた。数軒の店を回った後、レインボー1に入って指定席に座った。私の指定席は、入ってすぐ右側の隅の席だ。ステージの全体が見渡せる特等席。それでいて、客があまり座りたがらない席。だからたいていそこが空いていたのだ。
 
 
 しばらくすると、あちらで私を見ている女の子がいることに気がついた。プンだった。私は彼女を呼び、ドリンクをご馳走した。「やあ、ひさしぶりだねえ。元気だった?」そんな挨拶をすると、彼女が言った。「あなた今日、BTSに乗ってたでしょう?私、目の前に座ってたのよ。」私は言った。「そうだと思ったんだよ。気がついていたなら、声をかけてくれれば良かったのに。」
 
 彼女は言った。「声をかけたら悪いかと思ったの。」彼女らしい遠慮だったのだ。不安そうな目で、いつも自分が受け入れてもらえるかどうかを心配していたプン。それからしばらくして、レインボー1で彼女を見かけることがなくなった。今はどこでどうしているのかわからないが、今でもレインボー1へ行くと、向こうの柱の陰からそっと私のことを覗いて見ているような気がするのだ。