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 衆議院選挙が終りました。予想通り、自民党の圧勝でした。自民党が国民から支持されたと言うより、民主党の敗北を受けて、消去法で自民党が選ばれたのだと言う人が大勢います。おそらく、そんなところだと思います。投票率の低さや、無効票の多さに、そのことが表れている気がします。


 
 今の選挙は、選挙区では政治家個人を選び、比例区では政党を選びます。しかし各政党は、マニフェストなどで政策を掲げ、昔の公約ではなく、必ずそれを実現すると主張します。つまり政党が掲げる政策は、政治家が死守すべきものとなっています。そのため、選挙区の候補者であっても政党色が強く、政治家個人よりも政党を選ぶ選挙のような感じがします。
 
 けれども、国民の一人ひとりは、必ずしもある政党の政策に全面賛成ではありません。原発の是非を含むエネルギー政策、年金制度を含む福祉政策、あるいは経済成長に関する経済政策など、何種類もの政策的な論点があります。それなのに、その政策の集合体としての政党を選ばせるという今の選挙方法は、矛盾が多い気がします。
 
 
 選挙区では、政治家個人を選びます。本来は、政策の細かいことではなく、それよりも政治家としての能力や人間性を信頼し、この人を国政に送りたいと思って選ぶのです。代議制という制度からすると、それは正しいあり方だと思います。だから国会で議論することに意義が生まれるのだし、議論するからには結論が変わることもあるわけです。
 
 しかし今は、政治家が政党に束縛されすぎている気がします。政党はすでに結論を表明しているわけで、その結論に反することはできません。そういう代議制で議論することに、どんな意味があるのでしょう?単に数が多いところが勝つだけではありませんか。
 
 候補者は、その政党から出馬したいがために、自分の意にそまない政策でも受け入れます。すでに政党として結論が出ている政策には、嫌でも従わざるを得ない。議論した上で自分の中の結論が変わっていても、その気持に従えない。そんな政治家を生み出すことが、私たちの望みなのでしょうか?少なくとも私は、疑問に思います。
 
 
 また、比例区で当選した政治家が、政党と異なる意見を述べたり、合わないからと言って離党したり、果ては他党へ移籍するというのも、いかがなものでしょうか?国民は、仕方なくではあったにせよ、政党を選んだはずなのに。比例代表は政治家個人を選ぶものではないのですから、議会の票だけを政党に与え、議員を作らなくてもよいとさえ思ってしまいます。
 
 
 それと、国会議員数を削減することで国民と痛みを分かち合うという考え方も、ナンセンスだと思いますね。国会議員数というものは、どのくらいいれば国政を滞りなく推進できるのかを検討し、そこからはじき出されるべきでしょう。ただ数を減らせば良いというのは、単にポピュリズムであって、かえって政治を貧弱にします。議員が多過ぎることが問題なのではなく、議員の働きをしない議員がいることが問題なのです。それもこれも、国民から選挙で選ばれず、政党の力で議員になる政治家が多いことと、関係があるような気もします。
 
 
 議席数で3分の2を占めた自民・公明ですが、得票率で言うと全体の約半分にすぎないとか。いわゆる死票の問題として毎回取り上げられますね。ですが、もしこれを問題だと言うなら、二大政党制や小選挙区の否定になります。死票を減らせば、少数政党が乱立して政権運営が難しくなります。少数政党がキャスティングボートを握って国政を左右することがある方が良いのか、という比較論になるでしょう。
 
 一票の格差問題もそうですが、一方的な価値観だけで問題視する見方は、どうかと思いますよ。死票が問題だと言うなら、死票を減らした時の問題点もセットで論じるべきです。一票の格差が問題だと言うなら、格差をなくしたときの問題点も論じるべきでしょう。過疎地の意見が抹殺され、都会だけの意見が通るのが、国全体として良いことなのか。公平とは人口比例だけでなく、面積比例という考え方だってあると思うからです。
 
 
 いずれにしても、選挙で当選したからと言って、国民から100%支持されたかのような錯覚を持つ人物には、政治家にはなってほしくないですね。「たまたま自分が負託されただけで、自分に付託したくないと思う国民は大勢いるはずだ。だから常に国民の声を聞きながら、その時その時で最善の政治を行なうように努力しよう。」そういう謙虚な気持ちを持った人こそ、代議制の政治家としてふさわしい気がします。
 
 そういう意味では、人物で選べない比例代表という制度は、代議制の選挙方法としては疑問に感じます。政治家も、国民に支えられながら成長してこそ、国民のための政治ができるようになると思うからです。いつでも政党の都合で首をすげ替えられる比例代表というのは、政治家も育たないような気がしますね。
 
 
 
 さて、選挙が終り、年末年始へ向けてまっしぐらのこのごろです。政治ブログではなく夜遊びブログなので、少しは夜遊びに関する話もしましょう。ただ私は、これは単なる夜遊びブログではなく、生き方ブログだと思ってますので、好き勝手なことを書いています。ご容赦ください。
 
 
 先日、ソイカウボーイのシバズが改装しているという話をしたら、さっそく読者のrichyさんが情報をくださいました。情報提供、感謝です。スージーウォンのママさんが言うには、シバズに客が入らないので、店をシャークのオーナーへ売ったとのこと。つまり、シャークの姉妹店として生まれ変わろうとしているのだそうです。
 
 また、コヨーテ評論家のTさんからも情報があり、ドールハウスばかりかダンディーにもコヨーティーが派遣されているとのこと。わずか5人しか踊れない、小さな店なのですけどね。いよいよ、バカラとシャーク以外はどこも、コヨーティーがいる店になる日が近づいてきましたね。
 
 
 コヨーティーと言えば、最近勢力を伸ばしていますが、その中の競争と言うか人間関係は、なかなか大変なものがあるようです。挨拶をしないから生意気だといじめられたり、客を取ったと責められたり。まあどこの世界も同じようなものかもしれませんね。それが華やかな遊びの世界だけに、そんなことがあってほしくないという願望があるだけで。でも実際は、彼女らにしてみれば稼ぎの場ですから。
 
 以前、太ったからという理由で辞めさせられたというコヨーティーがいたのですが、最近、激ヤセして復活していました。その子と話をしたのですが、実は太ったから辞めさせられたのではなかったのだそうです。それは表向きの理由で、本当は、オーナーの彼女に挨拶をしなかったため、嫌われたのが原因だとか。女の恨みは恐ろしい。
 
 
 そう言えば、ローハイドとロングガンの間にあるカクテルクラブが改装していましたが、ほぼ改装が終わったようで営業を再開していますね。店名が変わったのかどうか確認していませんが、誰か知っている人いますか?なかなか行く機会がなくて...。