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 正面の壁全体に鏡が張ってある。そこに映った素っ裸の自分の姿を見ながら、6人ほどの女の子が踊っていた。その中に、ひときわ痩せこけていて、洗濯板のような胸をした女の子がいた。名前をビームと言う。バカラの2階で踊っていた子だ。


 
 そのころ、ソイカウボーイのバカラの名前は、まだ有名というほどではなかった。日本人の間では、ナナプラザのレインボー1や2が有名であり、ソイカウボーイはナナプラザより劣ると思われていたのだ。しかしその中にあっては、バカラは人気のある店だった。
 
 人気の理由は、シースルーの天井にあった。1階の天井が透明になっていて、そこが2階のステージでもあったのだ。2階で踊る子は女子学生のコスチュームで、1グループは上だけ脱いで踊り、もう1グループは素っ裸で踊る。どちらも6~8人くらいがいた。そして、上だけ脱ぐグループの子たちも、スカートの下には何も履いていなかった。
 
 これを1階の席に座り、口をポカーンと開けて見上げる日本人客が、少なからずいた。1階のステージは鏡張りになっているため、首を痛めないようにするには見上げるのではなく、下を見れば良かった。しかも1階で踊る子たちはブラとミニスカートという格好だったが、こちらもスカートの下は何も履いていない。だから下を見れば、1階と2階の両方を拝めたのだ。
 
 
 そういう楽しみ方にも飽きた頃、私の指定席は2階の隅にあった。奥にカウンターがあったが、その右奥の壁の前に、丸テーブルが置いてあった。2階に上がってその席が空いていると、私は迷わずそこへ座り、振り向きざまハイネケンを注文した。その頃、カウンターの中にいた2階のキャッシャーをしていた女性が、今は1階のキャッシャーとして働いている。そのころの知り合いは、もう彼女だけになってしまった。
 
 なぜその場所が気に入っていたかと言うと、柱が邪魔になって、ステージを直接見るには不都合な場所だったからだ。それだけ、他の客が座っている確率が低くなる。いつも空いている席は、定位置にしやすいものだ。それに、密かな楽しみがあった。それは鏡だ。
 
 カウンターの右奥にある壁も、同じように鏡張りだったのだ。私は丸テーブルの少し高い椅子に座ると、直接ステージを見るのではなく、鏡張りの壁の方を見た。つまり鏡に映ったステージ上の女の子を見ていたのだ。こうすれば、滅多なことで女の子から誘われることもない。まるでのぞき部屋で覗いているような感じで、そういう感覚が気に入っていたのだ。
 
 のぞき部屋と言えば、女の子たちが自分を映して踊っていた正面の鏡は、実はマジックミラーになっていて、その裏には小部屋があった。今は完全にオープンになっているが、その部屋は戸を閉めることもできて、中で何が行われていたのか知らない。たまにママさんが怒っていることがあったので、いけないことをいていたのだろう。
 
 
 5曲で踊るグループが交代する。その5曲目には、タイソングがかかるのが決まりだった。人気のある曲がかかると、ステージ上の女の子たちが一斉に合唱を始める。私は、歌えもしないくせに、口パクで歌っているような気分に浸った。選曲も私好みだし、赤い照明が女の子の肌を美しく見せて、人気の理由はその居心地の良さにあると思っていた。
 
 2階で踊る女の子たちとは、全員、顔見知りだった。せいぜい20人弱しかいないし、私は毎日のように隅の席に座っていたのだから。しかも、素っ裸で踊るグループの子たちには、だいたい100バーツずつチップをあげた。帰り際に特に親しい子を呼んで、その子に人数分の100バーツを渡して帰るのだ。
 
 その子が全員に100バーツを配り終える頃、私はすでに1階に降りていた。いちいちお礼されるのは恥ずかしい。お礼をしたいのはこっちの方だ。楽しかったのだから。そう思って、逃げるように出ていった。けれども、1階からシースルーの天井を見上げると、中に数人は私を見て両手を合わせて、ワイというタイ式の挨拶をしていた。ビームも、そんな子だった。
 
 
 ビームと知り合ったのは、いつもチップを渡す役をしてくれる親しかった子と、彼女が仲が良かったからだ。その親しかった子がビームを引き連れて、私のところへ来たのだ。「ねえ、1杯飲ませてよ。」その子にだけは、たまに1杯だけ飲ませていた。「ねえ、この子にもいいでしょう?まだ1杯も飲んでないんだから。」そう言われて、かわいそうな気がしてご馳走した。それが最初だった。
 
 ビームは、でしゃばることがなかった。いつも遠慮がちで、丸い大きな目をして、遠くから微笑んでいる子だった。そんな押しの弱いところが、私と似ているような気がして、好感を持ったのかもしれない。ほとんどふくらんでないような薄い胸に、少し大きめな乳首。貧乳であることを恥らっている感じが、応援したい気持ちにさせたのだろうか。
 
 
 ある酔っ払った日、例の親しい子に勧められて、ついにビームをペイバーしてしまった。どこか食事でも行こうか、それとも他の店へ連れて行って...。あれやこれや考えたが、結局、アパートに連れ帰ってしまった。彼女は、ベッドの中でも受け身で消極的だった。けれども、私を受け入れていることは、その触れた感じでわかった。
 
 しかし、ビームをペイバーしたのは、それほど多くはない。おそらく、3回くらいだろうか。いつもロングでペイバーするのだが、その日は2時くらいに彼女の電話が鳴った。シャワーを浴びてからベッドに横になって、間もなくのことだった。電話を切った後、彼女は言った。「ごめんなさい。友だちが鍵をなくしてアパートの部屋に入れないから、私、帰らなきゃいけないの。いい?」
 
 私は、何かしゃくぜんとしないものを感じながら、「いいよ」と許すしかなかった。ただで返すわけにもいかないので、1000バーツくらいあげただろうか。そんなことで気分を害するなんて、私もまだ、人間ができていなかったのだ。その日以来、彼女をペイバーすることはなくなった。ドリンクをご馳走したり、チップをあげることは続いたが、それは大勢の中の1人という扱いだから。
 
 おそらくビームも、私の微妙な感情の変化に気づいたのだろう。もともとでしゃばることのない性格でもあったし、私にペイバーをねだることはなかった。そのうち、彼女の姿をバカラで見かけることがなくなった。スポンサーができたのかもしれないし、田舎に帰ったのかも。そう思っていた。
 
 
 それから数ヶ月が過ぎたある日、バカラの前を歩いていたら声をかけられた。振り向くと、そこにビームが立っていた。ただ、黒いドレスを着ている。ダンサーではなく、エスコートレディーとして復帰したようだ。「元気だった?」「もちろん」懐かしい思いから、立ち話をしてしまった。
 
 どうやら、日本人のスポンサーができたらしい。ただ、その彼はずっとタイで暮らしているわけではなく、長期間いないため、働きに戻ったのだと言う。ここなら知り合いも多いからと。「ねえ、飲んで行かない?」そう誘われたが、私は断った。ビームとの関係を、もう終りにしたかったのかもしれない。
 
 それから何度かビームの姿を見かけたが、目で挨拶するくらいで、言葉を交わすことはなかった。そして、まったく見かけることがなくなった。あれからもう何年が過ぎたのだろう。今はどこでどうしているのか。私にはまったく関係がないこととは言え、なぜかときどきビームのことを思い出すのだ。