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 今年最初の「ひとりごと」ですから、ちょっとまじめに語ってみましょうか。そう言ってることからして、冗談ぽいですかね。そもそも夜遊びのブログですから。真顔で語ることだけで、すでに滑稽なことだと思います。実は、そこが狙いでもあったのです。


 スケベオヤジの言うことですから、誰もそんな大したこととは思わないでしょう。それが良いのです。なぜなら、私がどれだけ深遠なことを語っても、箔(はく)がないでしょう?信用できない胡散臭いヤツと思われている。そんなヤツの言うことを、真に受ける人もまずいない。つまり、私の言うことはストレートに信じられないはずです。
 
 あ、もちろんゴーゴーバー情報に関しては信じる人もいますが、今言っているのは、「ひとりごと」で書いているような遊び方と言うか、生き方みたいな話題です。エロオヤジが女の子のおっぱい揉みながら、真面目な顔して説教しても、誰も言うことを聞こうとは思わないでしょう?そういうことを言っているのです。
 
 
 普通、説教するオヤジというのは、自分の意見に従わせようとして話します。けれど今の私は、別に従わせる必要性がないのです。じゃあ何のために話しているのか?ということですよね。それは、考えてもらうためです。
 
 私の言うことを信じる必要性もないし、従う必要性もありません。そんなことされたら迷惑です。「ジャンメダイの言うとおりにしたけど、上手くいかないじゃないか!!」そう怒鳴りこまれても困るからです。(笑)
 
 でもね、こんな私の言うことでも、聞くと自分の頭で考えるじゃないですか。「ジャンメダイはそう言っているけど、オレは違うと思うな。」なんて感じで。仮に20歳そこそこの若造でも、別に会社の上司じゃないのですから、ジャンメダイがどう言おうと関係ない。それで良いと思うのです。それぞれの人に真実があり、その真実はその人の内側にあるのですから。
 
 
 だから、共感してくれれば嬉しいけれど、共感してもらう必要性はありません。反発してもらってもけっこうです。ただ1つだけ願いがあります。それは、頭の中で考えるだけでなく、ぜひ体験して欲しいなあということ。
 
 別に夜遊びしなさいとか、ペイバーして一発やってみろと言っているわけではありませんよ。そうしたければ、別にそうしてもかまいませんが。そうではなく、たとえば「ゴーゴーバーで働く子は、こういう子なんだろう。」というような思い込みがあるでしょう?それを思い込みで終わらせずに、自分の目で見て、耳で聞いて、体験してみてほしいのです。
 
 そうすれば、今まで気づかなかったことが見えてくるかもしれません。それが役に立つのです。私や、他の人が言っていることの、今まで読み取れなかった部分が見えてくるかもしれません。あるいは、自分の考え方が変わるかもしれません。たくさんの本を読んでも近い体験はできるでしょうけど、やはり実体験が勝ると思うのです。
 
 体験というのは、自分の内側にあるものを発見し、感じることです。冬は寒いと知っていても、体験しなければ感じることができません。たくさん感じることによって、より大きい、より深い、自分の中の一面が見えてくるのです。それが生きるということだと思うのです。
 
 
 
 ところで、体験を繰り返していると、飽きてくることがあります。「もういいや。もう十分。飽きたなあ。」そうなったら、その体験から卒業するときです。これ以上、同じことを繰り返しても、自分自身が成長できない。そうわかっているから飽きるのです。
 
 そのとき、注意することがあります。飽きたのは自分自身であって、相手(環境)が悪いのではないということです。ですから相手(環境)を批判する必要性はないし、批判すると自分のためによくありません。ただ、「飽きたから卒業するよ。ありがとう。」と言って手放せば良いのです。
 
 
 「それは、男女関係のこと?」そう思ったでしょう?それだけに限りませんが、もちろんそれもあります。これは夜遊びブログですから、夜遊びでの男女関係(男男関係?)は当然のこと、恋愛関係でも同じですよ。飽きたし、別れるべきだと感じるなら、自分の直感にしたがって別れるのが良いのです。
 
 「それじゃあ、捨てられる側がかわいそうじゃないか!」そう怒る人もいるでしょうね。でも、自分を偽って付き合い続けることが、本当の優しさだと思いますか?そんな自分に苦痛を強いることを相手にさせて、それが愛だと思いますか?私の答を書いてもいいですけど、まあ、ご自身でお考えください。100人いれば100通りの正解があります。
 
 
 もちろん、意思決定の要因を1つに絞る必要性もありませんし、実際は複数の要因で考えることが多いでしょう。だから人は悩むのでしょうし、時によって、人によって、答が違ってくる原因にもなっています。そこでどう考えるかという指針ですが、私は、「自分らしさ」を優先してほしいと思っています。
 
 今の体験を続けるのが自分らしいのか、それとも別の体験をする方が自分らしいのか。そして、そもそも自分とはどんな人間なのか。そういうことを考えて、それぞれの答を出していただければと思っています。それが生きるということですし、それを容易に体験できるのが夜遊びだと思っていますので。
 
 
 勘違いしないでほしいのですが、飽きる対象は経験であって、相手(環境)ではありませんからね。これを間違うから、たとえ言葉や態度で批判しないとしても、実は相手(環境)のせいにしているのです。原因を自分以外の何かだと考えると、相手を批判(非難)せざるを得なくなるし、それによって自分らしく生きることができなくなるでしょう。
 
 「そんなぁ、一方的な理由で私を捨てるなんて、自分勝手じゃないの!」そう女性から言われたとき、どんな気持ちが沸き起こりますか?「うるせえなあ、もうお前には飽きたんだよ。」ほら、怒ってる。批判しているんですよ。相手が原因だと考えているのです。それでは私の言うことが、まだわかっていないということです。
 
 
 それがどんな出来事であっても、出会いでも別れでも、その出来事を創りだしたのは自分だし、自分が引き寄せたことです。それは、その出来事に意味を与えることによって、自分らしさを経験するため。もし同じような人間関係を繰り返しているなら、あなたはまだその出来事に対して、十分に自分らしさを体験していないのです。だから、何度でも繰り返します。
 
 十分に自分らしさを体験し、もうそこからは新たな体験ができないとわかると、自然と卒業することになります。つまり、同じような出来事が起こらなくなるのです。もし男女関係の清算でもめるとしたら、その出来事はあなたにとって必要なことだったのでしょう。だから自分で引き寄せたのです。そしてそこで自分らしさを体験できないと、また同じようなことが...。
 
 別に脅しているわけじゃありませんよ。むしろ逆です。人生は何度でも気が済むまで、体験できるようになっているのです。だから失敗しても安心して、また挑戦すれば良いのです。何度でも何度でも、飽きるまで体験してくださいな。そして飽きたとき、つまり自分らしさを十分に体験したとき、「ああ、もう卒業してもいいな。」と感じるのです。