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 先日の読者投稿「楽しみ方ってたくさんあるよね」を読みながら、私は本当に心打たれるものがありました。そのことは、コメントに書いたとおりです。投稿してくださったPhetKasemさんも、「感謝の金額を3日間悩みました」と後でメールをくださいました。やはり、想像したとおりに悩まれたようです。


 
 あの読者投稿を読んで、いろいろ考えた方は多かったのではないでしょうか。読者のハマルさんからも、「同じ還暦過ぎの者として、意を強くしました」という感想をメールでいただきましたよ。ハマルさんもバンコクに来られたら、ソイ7のビヤガーデンへ行かれるそうです。海外旅行40年の大ベテランですが、昔からのバンコクをご存知の方は、ビヤガーデンのようなスタイルが気楽で良いのかもしれませんね。
 
 ハマルさんは、こんな風に言われます。「PhetKasemさんが云われるよう、私も最近ゴーゴーは楽しく飲みに行くことだけが多いようです。可愛い娘はたくさん居るのですが、あの子達も商売、一回、一回が勝負ですから基本はショート、まったりしたい私にはどうも馴染めず、これは昔からパッポンもそうでしたが、白人向けの遊び方なんででしょうか、それとも元々オジンくさい遊び下手な私のせいか?」
 
 最後は自虐的ですけど、実際はかなり上手に遊ばれています。この前もパタヤでかわいい給仕の子を見つけ、パタヤ3日間、バンコク1周間の計10日間を一緒に過ごされたとか。なかなかやるじゃないですか。しっかりと自分流に楽しまれているようです。
 
 
 そして高くなったエスコート代に関しても、こんな風に言われています。「女の子側から見てみると私のようなオジンとか、又は短足、ズングリ、ブサイク等こちらの容姿に問題が有れば、高い値段を云いたくもなるのではないでしょうか。高いのがいやなら、ぶさいくな娘にお願いをすればすむことと思います。」
 
 これはずいぶんと直球ですね。(笑)でも、私もそう思います。お互いが満足するところで折り合うのが、商売の基本です。受給のバランスというヤツですね。ただ、必ずしもオジンで短足でズングリが、モテないとも思いませんけど。価値観は人それぞれです。だから昔の人は、「蓼(たで)食う虫も好き好き」と言ったのです。
 
 
 そして結論として、ハマルさんはこう締めくくります。「とにかく、店で売っているどこにでも有る商品を買うのではなく、人と人の駆け引きなんですから。そして商品でも、どこにでも売っていない希少価値が有れば、高いですよ。」まさに、商売の原点ですね。
 
 
 それから、PhetKasemさんから、こんなメールが届きました。優しい顔をしたブリラムの子に関する続報で、私もこの話にはびっくりです。
 
◆・・・・・・・・・・・・<読者投稿>
きょう、タイからEMSが届きました。
送り主は彼女なんですが、見当がつきませんなんてもんじゃありません。
それ自体が青天の霹靂です。
 
そんな訳で、ワクワクなんて状態ではなかったです。
恐る恐る開けてみたらなんと・・・・・
 
手編みのマフラーと帽子とお母さんや子供や家の写真でした。
多分、あとで私が送った写真の中にあった、1月14日の成田空港の雪の写真を見たんでしょう。
胸が詰まりました。
 
まー、これが一般的に売られている商品ならいざ知らず手作りですよ。
それも灼熱の環境に暮らしている女性がですよ。
もっと早く会いたかったって思うのは、ない物ねだりなんでしょうね。
◆・・・・・・・・・・・・<読者投稿>
 
 「うっそー!?信じられなーい!」と叫んでしまいそうです。手編みのマフラーと帽子だなんて、本当ですかー?(まだ疑ってる) もしこんなことがあったら、私だってイチコロですね。心を動かされますよ。でもPhetKasemさんは、「今は冷静に、2人が引き寄せ会っていれば、無理をしないでも自然に会えると考えています。」と、平常心を保とうとされてるようです。
 
 
 そして、遊び方に関してこう言います。「私は以前から遊びという感覚は、あまり無かった様に思います。前にも書いたんですが、彼女達がこれから先幸せになってくれる事の手助けになればと、思っているんです。その中で自分がどれだけ納得してその娘と一緒にいる事が出来るかが、一番大切なことだと思うんです。5000,6000バーツ払っても自分で納得すれば良いし、1000,2000バーツでも納得しなければ高いと思います。」
 
 そうなんですよね。相手がどうという前に、自分がどうかなのだと思います。相手がどう考えるかは、相手が決めること。ですから、そんなことに関与する必要性はないのだと。一所懸命に考えても、相手の期待にそぐわないことはありますから。ですから重要なのは、そこで自分が納得するかどうかなんです。
 
 同じ1,000バーツあげても、天にも昇るくらいに喜ばれることもあれば、「たったこれだけ」と鼻であしらわれることもあるのです。相手が予想通りの反応を示さなかったときは、自分の見る目がなかったと思うしかないじゃありませんか。それをどうしても、自分の期待通りにならないと気が済まないと思うから、おかしなことになるのです。
 
 
 出来事に対するとき、特に気に入らない出来事のときに重要なのは、自分がどう思うかということです。期待を裏切られたとき、相手のせいにするのですか?「あいつが悪いんだよ」と言って腹を立てたら、何かを変えられますか?自分の気分が悪いだけで、おそらく何も変わらないでしょう。それでもしつこく変えようとして、ついには暴力をふるう人もいます。
 
 もうかなり前ですが、そうやってレインボー2の女の子が殺されました。そして、殺した日本人も自殺(事故死?)しました。そんなことが望みじゃなかったはずなのに。見方を変えられなかったのですね。相手の自由を認められなかったのでしょう。残念なことです。
 
 
 そこまでいかないにしても、夜遊びをしていれば、いろいろな出来事が起こります。それはすべて、自分自身に対して質問を投げかけているのです。「この状況で、あなたはどう考えるの?それが、あなたらしいことなの?」私たちが出来事に反応するとき、それはその質問への答なのです。
 
 その答が気に入らなかったら、次は変えたら良いのです。優しいことに、夜遊びでは似たような体験を短期間で何度もすることができますから。(笑) PhetKasemさんも、「失敗だらけ」と言われてますが、そういう体験をすることが良いのだと思います。失敗を積み重ねることでしか、人は成長できないのですから。私ももちろん、失敗だらけですからね。