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 ロシアで隕石落下騒ぎがありましたね。私もテレビで映像を見ましたが、とても驚きました。「戦争が始まった」と声を上げた人もいたようですが、弾道ミサイルを打ち込まれたら、あんな感じなのでしょうね。直径十数メートルくらいの隕石だと、事前に発見するのは難しいとのこと。地上に到達するのはごく一部とのことですが、多数の怪我人も出たようで、早く回復されることを祈ります。


 今回の騒ぎで怪我をした人のほとんどは、割れた窓ガラスの破片で顔や手を切ったのだそうです。光を放ちながら飛ぶ隕石を窓越しに見ていて、遅れて来た衝撃波で窓ガラスが割れたことで、近くにいた人が怪我をしたのだとか。考えてみると、これは盲点ですね。あの光を見れば、誰でも確認しようと窓へ近づくでしょうから。次にあったら「窓から離れろ!」と言わなくてはなりませんが、これは難しそうです。
 
 
 さて、話は変わりますが、最近のブログの話題から、相場のこととか、エスコート代についてなど、たくさんのメールをいただきました。中にはドリンク代が値上がりしたことを詳細に教えてくださる方もいて、本当にありがたいことです。読者の方から反応をいただけると、私もブログを更新しようという気持ちになりますので、今後ともどうぞ叱咤激励をお願いします。
 
 また、旅行を終えた方々から、体験記も送っていただいています。今しばらくお時間をいただきますが、必ず掲載しますので、少々お待ちくださいね。なかなか濃い体験談があって、私も早く掲載したいとウズウズしているのですが、なかなか時間を作れなくて...。なんとか頑張ります。
 
 
 今日は、遊び方についてお話したいと思います。先日の読者投稿で、PhetKasemさんのドラマのような出来事を紹介しました。たしかに、あんな出来事があったら素敵だし、楽しいだろうと思います。でも現実には、様々なことが起こります。たとえば、チップをあげたら「たったこれだけ?」と言われて、せっかくのラブラブムードに水をさされたり...。そんなとき、あなたはどう考えますか?
 
 
1.「お前なあ、チップなんだからいくらあげるかはオレの自由だろう。いちいち文句言うな!」そう言って怒りをぶつける。
 
2.ただ黙ってその子から離れて行く。
 
3.「そう、これでは足りないと考えているんだね。でも、私はこれで十分だと思っているんだよ。どうする?これで不満なら、次からは私のところへ来なくてもいいんだけど。」と穏やかに尋ねて、あとは相手に任せる。
 
 他にも反応の仕方があると思いますが、とりあえず3つくらいでいいでしょう。みなさんは、上記のどのタイプですか?
 
 
 それぞれ答を出していただいたところで、正解を言いましょう。正解は、...ありません。どれが正しい反応かという答はないのです。ある意味では、どれもが正解です。少なくともその時点でのその人の価値観にしたがえば、その反応は正しいのです。と言うより、その人の価値観にしたがった反応しかできないのです。
 
 ですから、どの対応が悪いなどと批判するつもりはありません。それぞれ、好きなように選べば良いのですから。そう、反応は自分で選んでいるのです。出来事によって必然的に決まっているわけではなく、自分が選んでいます。それが実は、とても重要なことなのです。
 
 
 では、どういう基準で反応を選んでいますか?おそらく、この問に答えられる人は少ないでしょう。と言うのは、たいていの人は無意識に選択しているからです。どんな基準かなど、まったく考えていないのです。そして選んでしまった反応なのに、選ばされているとか、出来事から直結しているかのように考えて、その出来事を作った相手を責める(あるいは称賛する)のです。
 
 自分が選んでいるという認識がないのですから、自分の反応を決めているのは自分ではないことになりますよね。自分ではないとすれば誰か?出来事を作った相手しかない。そういう論理になるわけです。ですから相手を非難したり、相手が悪いと決めつける他にどうしようもなくなります。
 
 
 問題は、それで気分が良いかどうかだと思うのです。だって、本当は自分が選んでいるのですから、わざわざ気分が悪くなる反応を選択する必要性はありませんよね?自分でそういう反応を選んでおきながら、「どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ」といぶかる。普通に考えると、1人コントみたいな滑稽(こっけい)なふるまいです。
 
 「いや、ここはちょっと怒ってみたかったんだよ。気分の悪さを体験したかっただけだから。」もしそう考えて選択したのなら、何の問題もありません。自分で狙った通りの体験をしたわけですし、わかっていればいつでも変えられます。けれども、無意識に選択してしまっている人は、環境や相手に翻弄されるだけですし、人生はどうなるかわからないことになります。
 
 
 私がお勧めしているのは、必ずしも上記の3番目の反応をすることではありません。先ほども言ったように、どれを選択しても良いのですから。そうではなく、無意識に選択するのをやめて、意識的に選択するようにしませんか、と言っているのです。そうすれば、生き方が変わるし、人生が変わるからです。
 
 まあ、たかが夜遊びごときで人生の講釈をたれなくてもと思われるかもしれませんが、私は逆ですね。夜遊びは人生の縮図だと思ってますから。そうでなくても、私たちにとって人生でない瞬間など、どこにもないのです。いつもいつも、人生のまっただ中です。夜遊びの間だけ、人生をタイムして止めておこうなんて、そんなことは不可能です。
 
 どうせ人生の一部として夜遊びをするのでしたら、人生に役立つようにした方が良いと思いませんか?私はそれが良いと思うので、このブログではそういう話題を取り上げています。反応に良い悪いはありません。反応を無意識に選択するか、意識的に選択するかの違いがあるだけです。そして、意識的に選択する生き方を、夜遊びで試してみることをお勧めします。