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 店の中央にある細長いステージの、出入り口に近い方の先端をトップと言う。反対側にステージに登る階段があるため、奥から登ってトップへ向かって進む感じになるのだ。そのトップで踊る子は、やはり見栄えのする子が多かった。そこに、初めて見る子が踊っていた。名前をディアと言う。


 
 その店は、ナナプラザにあるレインボー1だった。ナナプラザの中にあっても、圧倒的に容姿の優れた子が多かった。そのトップで踊る子は、まさに一流中の一流に違いない。ただ、入店して間もない子は、通常は遠慮するのか、反対側の上り口の方で踊ることが多い。レインボー1の歴史に残る容姿とダンスを誇ったあのメムでさえ、最初の1週間くらいは上り口に近いところで踊っていたのだ。
 
 それなのにディアは、私が初めて見たとき、すでにトップにいた。世間知らずなのか、怖いもの知らずなのか。あるいは、以前からいたのに私が気が付かなかっただけなのか。かわいい顔をしてはいるが、芯の強さが表情に表れている。ただ揺れているだけでなく、肩を微妙に動かす。見えそうで見えないチャイナドレスのようなダンスだ。
 
 私は初めてディアを見てから、すぐに彼女にぞっこんになった。2時間ほどそこに座ってたっぷり見た後、私はステージ上のディアに100バーツ札を1枚渡して店を出た。このとき、まだ彼女の名前も知らないし、もちろん話もしていない。ただ見て、楽しんで、そのお礼をしたのだ。
 
 
 次に行ったとき、トップにディアの姿はなかった。どうしたのだろうと思っていたら、彼女は右側のサイドのステージ中央にいた。トップの正面に座っていると、柱が邪魔で見づらい。私は、左側サイドのカウンター席に移動した。ここからなら、斜めに背後からディアの姿が見られる。
 
 顔を見たければ、正面の壁に貼られた鏡を見れば良い。距離は離れるが、ボーっとその美しい輪郭を楽しむことができる。背後から見ると、私が好きなお尻をたっぷりと眺められる。また、肩甲骨の動きだって、見ようによってはセクシーだ。
 
 ディアは、どうやら私の動きに気づいたようだった。チラチラとこちらを見る。しかし、まったく嬉しそうにはしていない。むしろ迷惑そうな感じさえする。それで逃げたのかも。まあ、放っておいておくれよ。おじさんは、こうやって眺めているだけで幸せなのだから。その日も、帰りがけにステージで踊っているディアにチップを渡した。ありがとう。たっぷり楽しませてくれて。会話こそないが、それが私の言葉だった。ディアは、ニコリともせずに受け取った。
 
 
 3回か5回くらいは、同じようなことをやっていただろうか。あるとき、給仕の子が遠くにいるディアを指差し、「彼女が横に座っていいかって聞いているんだけど」と言ってきた。私は即座に断った。「いいんだよ。私は飲んで見ているだけだから。」特に話をしたかったわけじゃない。彼女の姿を見るだけで満足だったのだ。
 
 ひょっとしたら、話をしたり、場合によっては連れ出すことで、幻想が現実に変わることが怖かったのかもしれない。遠くから見るだけなら、理想の姿として自分の中にしまっておける。その大事な自分の中の幻想を、壊したくなかったのかもしれない。
 
 ある日、ディアは私のところへやってきた。直接来られては、断るわけにもいかない。私は了承し、コーラをご馳走した。あまり会話はなかったが、その日、私は彼女を連れて帰った。成り行き上・・・。そういうことかもしれない。あるいは、それが運命だったのかも。
 
 
 それからは、1ヶ月に1回くらいは、彼女を連れ出しただろうか。おとなしそうに見えたけれど、意外と甘えん坊なところがあることもわかった。やはり幻想は、だんだんと現実に侵食されていくようだ。ある日、私がペイバーしないで飲んでいると、「だったら来るな。さっさと帰れ。」と怒り出すことがあった。最初はふざけているのかと思ったが、「帰れ!帰れ!」としつこい。
 
 「冗談じゃない。せっかく来てやったのに、なんだって邪険に扱うんだ。だったらいいよ。もう来ないから。」そう思って、彼女を無視してチェックビン(精算)しようとした。すると途端に、彼女は態度を変えた。「まだ行かなくていい。」伝票を持ち上げた私の手をつかんで、下におろそうとする。
 
 しかし、私もすでに気持ちが切れていた。彼女を無視して精算すると、後も見ずに店を飛び出した。「どこでもいい。他の店へ行こう。」だが、他の店で飲んでいても、心は楽しめなかった。その間に、私の携帯電話には、何度かディアからの着信があった。しかし私は、それを完全に無視した。明らかに怒っていたのだ。
 
 
 それからしばらくして、何通かのSMSが届いた。見ると、すべてディアからだった。「ごめんなさい。私がわがままだった。ただ許してほしいの。アパートで待っています。」本当にアパートまで来るつもりだろうか?まさかとは思ったが、それ以上飲んでいても楽しくないので、私はタクシーでアパートへ帰った。
 
 すると、アパートの入口のベンチに、ディアがポツンと座っていた。タクシーから降りた私と視線が合うと、ディアは黙って立ち上がり、私の後をついて部屋までやってきた。「本当に来たんだ。」おそらく自己ペイバーしたのだろう。私の心の中に、もう怒りはなかった。むしろ、そんなにまで苦しめたかと思うと、申し訳ないという気持ちさえあった。私たちは仲直りをした。
 
 
 そんな事件があってしばらくしたころ、唐突にディアが言った。「ねえ、私たち恋人にならない?」私はすぐに答えた。「いいよ。その代わり、セックスしてもお金は払わないよ。だって恋人でしょ?恋人なのに、セックスしてお金を払うのはおかしいでしょ?それと、恋人同士になっても私はゴーゴーバーへ遊びに行くよ。それでいいなら、恋人になってもいいよ。」
 
 はっきり言えば、どっちでも良かった。恋人になれるというのも嬉しかったが、恋人になれないことが悲しいわけでもなかったのだ。それに恋人であろうとなかろうと、私にとってディアは特別だった。だから、彼女との付き合いが恋人であろうと、あるいは擬似恋愛であろうと、どちらでも良かったのだ。
 
 彼女は、その条件を飲んだ。その代わりと言って、彼女も条件を出した。「遊びに行って、他の子をペイバーしてもいい。でもセックスはダメ。もしセックスしたら正直に言ってね。そのときは別れるから。」私は、彼女の条件に同意した。
 
 
 私は、彼女に言った。「あなたは自由だよ。好きにしていい。仕事を続けてもいいし、辞めてもいい。またもし他にいい男がいたら、セックスしてもかまわない。そうしたからと言って、私は怒ったり、愛するのをやめたりなどしない。ただ、私も自由だ。だから、遊びに行きたいときは遊びに行くよ。お互いに自由だからね。」
 
 最初の頃、ディアは私の愛を疑った。「自由、自由って、本当は愛していないんでしょう?」私は答えた。「愛しているさ。あなたが信じなくてもかまわない。それもあなたの自由だから。でも私は愛している。」この考え方は、彼女には理解できないかもしれない。けれど、私が私であることをやめるわけにはいかない。そう思ったから、私は彼女を縛ろうとはしなかった。
 
 
 これは、もう5年以上前の話だ。まだ、このブログを始める前だった。「相手は売春婦だぜ。」そういう友人もいた。私は、その友人を説得しようとは思わなかった。人それぞれだから。相手を縛り付けない愛がある。いや、それこそが本当に愛だった。今になれば、それがはっきりとわかる。ディアと出会えたことは、私の人生の最大の幸運だったかもしれない。
 
 その後、ディアとの関係は・・・これは、秘密にしておこう。世の中、少しくらい秘密がある方が楽しいというものだ。何もかも解き明かさない方がいい。それに、その後がどうであれ、私は私だから。ディアとの出会いで、多くのことを学んだ。それは確かなことだ。だから今でも、彼女には感謝している。彼女に贈る言葉は、「ありがとう」しかないのだ。