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 4月も今日で終わり。日本はGWの前半が終わりましたね。メーデー(5月1日)が休みのところだと、今週の前半か後半を休みにして、長期休暇にできるのでしょうけど、そうでない人は、短めの分散GWです。


 今年のGWですが、タイにも大勢の観光客が来るようです。それは、近場の韓国へ行く人が激減したから。韓国の反日感情が高まるのに呼応するように、日本の嫌韓感情も大きくなったようです。そしてさらに追い打ちを加えるように北朝鮮の不穏な動き。まさかとは思うものの、わざわざ危険なところへ行きたくないというのは、人情というものでしょう。
 
 
 そういうタイも、数年前は同じように敬遠されたのです。赤シャツの前の黄シャツ騒動です。あれで空港閉鎖したのが大きかった。身動きが取れなくなった人が大勢出たために、タイに行くと帰れなくなる可能性があると思われたのです。そしてクーデター。死傷者は出なかったものの、武力で政権を転覆させるような国を、安全だとは思わないでしょうからねえ。
 
 赤シャツ騒動も大変でしたし、死傷者も多かったのですが、その前の黄シャツ騒動の余韻というか、そのイメージが大きかったと思います。ま、これは私の感じ方ですからね。そして最後が洪水騒ぎです。実際は都心部までは来なかったのですが、周辺部にまで水が達したために、飲料水や保存食料が売り切れたりして、観光には大打撃でした。
 
 良い時もあれば悪い時もある。世の中、そういうものかもしれませんね。タイは今、バーツ高の影響で、観光客を呼ぶには不利な状況ですが、それでも好景気ということもあって、社会全体は明るい気分です。日本を訪れるタイ人も、かなり増えたようですからね。
 
 
 さて、円安バーツ高で財布の紐を引き締めようとしたからかどうか知りませんが、ソイカウボーイで飲み逃げした日本人客がいたそうです。これは、コヨーテ評論家のTさんからの情報です。私は確認していませんが、信頼できるTさんからの情報なので、そのままお伝えします。
 
 
◆・・・・・・・・・・・・<メールからの引用>
水曜日デジャブに2人組みの日本人客が入り、コヨーティが2人付いたそうです。
その客はコヨーティにそれぞれ4杯、計8杯のドリンクを奢ったそうです。
そしてその後、コヨーティがちょっと席を外している間に、飲み逃げしたそうです。
 
で、客が飲んだ分は店がかぶり、コヨーティドリンク1760バーツは2人のコヨーティに
かぶせられたそうです。
 
日本人でそんなアホが居るのかと驚きました。本当なら最低の人間です。
彼女らが言うには、見たことが無い客で、年齢は高めだったと言っていました。
まあ2度と来ないんでしょうけど。
◆・・・・・・・・・・・・<メールからの引用>
 
 
 以前だったら店内でタバコが吸えたので、精算せずに中座することはありませんでした。でも今は、多くの店が禁煙となっており、タバコを吸うには表に出なければなりません。したがって店としても、精算してなくても中座することを容認しているのです。
 
 見ているとときどき、中座する客の後を追いかける給仕の子がいます。本当にタバコを吸うのか、確認するためです。中には、表で座っている用心棒に、客を見張らせるところもあるようです。すべての客に対して、そうするかどうかは知りませんけど。
 
 デジャブでは、そういう対策を取らなかったのでしょうね。おそらく、給仕の子もママさんから叱られたことでしょうし、ママさんもオーナーから怒られたかも。コヨーティーは、1人880バーツを店に払い、200バーツのドリンクバックをもらったのでしょうから、680バーツの損失ですね。彼女たちが1日に680バーツ稼ぐために、どれだけ努力しなければならないかと思うと、本当にかわいそうに思います。
 
 
 けれども、私はその2人の客を非難しようとは思いません。以前なら徹底的に糾弾したかもしれませんが、私もまた変わったのです。
 
 今の私は、ここに3つのドラマがあると思っています。1つのドラマは、主人公は飲み逃げ客です。「ゴーゴーバーで飲み逃げした私の人生」というタイトルでもつけましょうか。もう1つは、主人公はコヨーティーです。「日本人客に飲み逃げされた私の人生」というタイトルです。そして残りの1つは、あなたや私のドラマです。「同じ日本人がゴーゴーバーで飲み逃げしたことを知った私の人生」というタイトルです。
 
 この1つの出来事を通じて、三者三様のドラマが展開していると考えます。そして、自分に関係があり、自分がコントロールできるのは、その中の1つのドラマだけなのです。つまり私やあなたにとっては、3番目のドラマです。
 
 
 日本人が飲み逃げしたという出来事は、単に出来事に過ぎません。つまり、私たちにとっては、1つの情報であり、データなのです。問題なのはデータを変えることではなく、そのデータをしっかりと受け取り、どう処理するかということだと思います。
 
 起きてしまった出来事は、何をしようと変えることはできません。しかし、それをどう処理するかは、自分が自由にできることです。そしてその処理の仕方によって、自分自身が影響を受けます。つまり、自分の人生が創られるのです。だからドラマのタイトルは、「・・・私の人生」となるのです。
 
 
 夜遊びは人生の縮図と言っていますが、そこには様々な感情を揺すぶる出来事があります。今回の事件も、またその1つだと思うのです。このことを知って、あなたはどう感じたでしょうか?あなたがどう考えるかによって、あなたの人生が影響を受けるのです。
 
 「なんて奴らだ。ぶん殴ってやらなきゃ気がすまない!」と言って、怒りをあらわにするのでしょうか。「コヨーティーの立場に立って考えたら、そんなことは仮にできたとしても、やっちゃいけないと思ったよ。」と考えて、自分の行いを正そうとするのでしょうか。「せめて私が行ったときは、飲み逃げした彼らの分までお金を使ってあげよう。」と思って、もっと与えようとするのでしょうか。
 
 どんな考え方をしても、自分の人生に影響を与えたことには違いありません。問題なのは、どういう影響を与えたかです。あなたが、あなたの人生をどういうものにしたいと考えているのか。その計画に対して、問題になるのです。あなたは、自分の計画にふさわしいデータの処理方法を選択したでしょうか?問われているのは、それだけなのです。