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 アベノミクスという言葉も、普通に使われるようになりました。東日本大震災で大きな痛手を負った日本ですが、なんとか立ち上がろうとしているように感じます。消費税率をUPを決めたのも、景気が上向いてきた証拠でしょう。日本は再び蘇るのか?世界中が注目しています。


 最近はまた、日本からの旅行客が大勢、タイに来るようになりましたね。これはおそらく、韓国や中国などに行こうとした人たちが、タイに目を向けたということもあるかと思います。7月から訪日タイ人の短期ビザが免除され、タイからの旅行者がかなり増えたようですが、互いに交流が深まることは歓迎です。
 
 ところが、またしても日本人の異常な行動について知らされることになりました。まあ、これまでもいろいろありましたが、人数が増えてきたため、目立つようになったのかもしれません。先日のくろべさんの投稿に、中国人旅行者による迷惑行為が書かれていましたが、日本人も同じようなことをやってますよ。
 
 
 私がゴーゴーガールから聞いた話です。いわく、コーラ1杯で2時間粘る客がいるのだそうです。コーラ1杯、たかだか400円で2時間。しかもそこは喫茶店じゃありませんよ。目の前で裸同然の格好をした女の子がたくさん踊っているゴーゴーバーです。
 
 考えても見てください。もし客が全員そういうことをしたら、店の経営は成り立つと思いますか?女の子たちは、サービスに見合った対価が得られると思いますか?どう考えても無理でしょう。自分一人なら許されるとでも思うのでしょうか?もしそう考えるとしたら、それは自分が支払うべき対価を、他の客に支払わせていることになります。それでも平気なのでしょうか?
 
 
 もちろん考え方は人それぞれですから、私の考え方を押し付けるつもりはありません。それに私が何を言ったところで、本人が変えるつもりがなければ、考え方は変わらないでしょうから。でも、そういうことをする日本人が増えれば、日本人に対する評価は下がるでしょうね。
 
 エコノミックアニマルという侮蔑的な言い方は、裏を返せば、それだけ日本人が世界でお金を使ったということです。現地の人にしてみれば、たくさんお金を落としてくれたありがたい存在です。そのマネが出来ない人が、やっかみ半分に言った言葉でしょう。私はある意味でそれを、称号だとすら思いますよ。
 
 しかし、失われた10年だか20年だか、日本人も随分とケチになったものです。その話を聞かせてくれたゴーゴーガールから言われました。「日本は景気が悪いの?お金がないなら来なければいいのに。」システムとしては、無料で裸を見せているわけですが、別に見せたいから脱いでいるわけではありません。そういう彼女たちの立場に立てば、そう言いたくなるのも理解できます。
 
 
 また、寝ている客も増えたそうです。ゴーゴーバーで寝るなんて、こんな失礼なことはありませんよね。まあ私もウトウトとしたことはあるので、それだけで責めることはできませんけど。でもその子が言うには、テーブルに突っ伏して寝ているのだとか。確信犯でしょ?起こさない従業員にも問題があるでしょうけど、店によってはつまみ出されますよ。
 
 
 彼女たちの1ヶ月の給料は、だいたい1万バーツ(約3万2千円)です。でも、その程度のお金がほしくてゴーゴーガールをやっているわけではありません。裸を見せて給料をもらうストリッパーではないのです。運が良ければ連れだしてもらえる。1回あたり2千から4千バーツ稼げる。それが本当の狙いです。
 
 せめてドリンクでもご馳走してもらえれば、店からのノルマも果たせるし、ドリンクバックで1杯50バーツを稼ぐこともできます。女の子によっては、タクシーで帰るのに毎日100~200バーツ使うという子もいます。せめて足代くらいは稼がないと、生活することさえままならない。そういう事情の子だっているんですよ。
 
 パッと見て、気に入った子がいないから席に座らずに店を出る。これもみっともないとは思いますが、まだマシです。座って、女の子たちのダンスが一周り(約40分)して、それでも自分のドリンク1杯しかたのまないというのは、店にとっては何のプラスにもなりませんよ。つまり、誰も喜ばせてないのです。
 
 
 人は何のために生きるのか?「食っちゃ寝」という言葉がありますが、食べて寝て肉体を維持するだけという意味です。ちなみにタイ語では、「ギン・キー・ピー・ノーン(食べる・糞する・セックスする・寝る)」と言います。(ウケますから、使ってみてくださいね。) しかし、「人はパンのみに生きるに非ず」と言うように、もっと精神的な豊かさを求めて生きるものではありませんか?
 
 精神的な豊かさとは、誰か他の人の役に立つこと。つまり、他の人を喜ばせることです。あなたの存在は、誰か他の人を喜ばせているでしょうか?喜ばせていないとしたら、生きている価値があるのでしょうか?私は、それがなければ価値がないと思います。なぜなら、自分自身が幸せではないから。
 
 
 「お前が喜ばせてくれたら、オレも喜ばせてやるよ。」もちろん、そう考えることもできます。でも、そういう考え方を、私は美しいとは思いません。そういう考えで生きるとしたら、自分のことを美しいとは思えないのです。それに、そういう考え方は自然に反しています。自然に反していれば上手くいかないし、いつかは行き詰まるでしょう。
 
 流れは常に、自分が起こすものです。他人は変えられないのですから、変わるとすれば自分しかありません。喜びたいのなら、自ら誰かを喜ばせることです。「なにごとも自分がしてもらいたいように、他の人にもしなさい。」それが聖書にある黄金律ではありませんか。まず自分が誰かを喜ばせる。その結果として、誰かがあなたを喜ばせてくれるようになるのです。
 
 
 せっかくタイまで来て夜遊びするなら、もっと自分らしく生きませんか?自分らしく生きるとは、これが自分だと感じて嬉しくなるような生き方です。2時間もコーラー1杯で粘って、嬉しいですか?女の子からの冷たい視線を浴びながら寝ていて、楽しいですか?
 
 せっかくの人生を無駄にするようなことは、やめた方が良いと思います。遊んでいる時間も、あなたにとっては貴重な人生の一部なのです。「自分を失ってしまったら、世界のすべてを手に入れたとしても何になろうか。」という言葉もあります。自分自身を、もっと大切に扱ってあげてください。かけがえのない、何よりも大切な自分という存在のために。