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 タクシン氏の帰国を目指して恩赦法案を通そうとした現タクシン派政権ですが、世論の反発が想像以上に大きく、これを断念しましたね。上院で否決されたので、多数を握る下院で再可決すれば通るのですが、廃案にすることになったようです。
 

 法案に反対して、野党の民主党や反タクシン派勢力がデモをやっていました。しかし、廃案にすると政府が発表しても、まだデモをやめようとしません。今こそ政権を転覆する時として、国民に対してゼネストや納税拒否を呼びかけています。
 
 それぞれ意見はあるでしょうけど、いやしくも前政権の民主党元議員などが、納税するなと訴えるのはいかがなものでしょうかね。まあ日本も似たようなことがありますが、政治家って、もっと国の秩序に責任を持つべきではないかと、私は思います。自分の考えだけが正しく、それを受け入れさせるためには何でもやるという態度は、まさに過激派と同じ。いわばテロリストです。
 
 
 さて、夜遊びブログなのに、いきなり熱く政治を語ったのはわけがあります。今、ブログの移行作業を続けていますが、それがほぼ完成に近づきました。前のURLのトップページからはリダイレクトするようにしましたし、あとは内部リンクの見直しを進めるだけ。記事で言うと、2010年7月くらいまでさかのぼって、リンクを見直したところです。
 
 リンクを見直すにあたって、ところどころ過去記事を読んでいます。そのとき、私の原点とでも言うべき記事があることがわかりました。(正確には思い出しました。)2008年12月2日の「緊急財政出動」です。その記事のことが書かれた記事を読んで、「そうだったなあ。あれが原点だったなあ。」と思い出した次第です。
 
 
 きっかけは、黄シャツ(PAD)による空港閉鎖でした。あの暴挙による大混乱が、私の心に火をつけたのです。多くの旅行客が、タイを敬遠するようになりました。ゴーゴーバーなど歓楽街には閑古鳥が鳴き、実際に店を閉めることになったタニヤのカラオケ店もありました。
 
 「なにさらすんでー!てめーら、自分がやってることの意味がわかってんのかー!?そうやって庶民を苦しめて、それでも自分たちの利益が守られるなら、それでいいと言うのか!?」
 
 すみません、汚い言葉で。でも、そのくらいの熱い思いが沸き上がってきたのです。私一人が少々余分にお金を使ったところで、それこそ焼け石に水です。何の役にも立たないでしょう。それでも私は、何かしなきゃいけないという気持ちになったのです。
 
 それもあって、ブログを書くのにも力が入りました。もっとゴーゴーバーの魅力を伝えよう。どれだけ楽しいかという情報を発信しよう。その思いが私を突き動かし、ここまでやってきたのだと思います。
 
 
 なお、政治的なことを言うと、私はどちらが正しいかを判断するつもりはありません。正義は双方にあるからです。ただ、目的が手段を正当化すると言うなら、それはテロリストと同じだと思います。だから、違法な空港占拠は許せなかった。クーデターも同様です。自分たちが傷つくハンガーストライキのようなものなら応援しますが、他人を、特に弱者を苦しめるやり方には、絶対に反対です。
 
 そして、私が愛するゴーゴーバーには、イサン地方(タイ東北部)の子が多いです。昔の日本と同様に、東北は貧しくて首都に出稼ぎに出る人が多い。そういう貧困層に、タクシン政権は支えられていました。だから、彼らへの同情のようなものはあります。
 
 ゴーゴーバーで働くような女の子たちは、社会的に弱者です。空港閉鎖で客が来なくなって、どれだけ困ったことか。ですから私は、彼女たちを支援したいと思ったのです。政治的に正義があるからではなく、ただ弱い者いじめは見過ごせない。そう思ったからです。
 
 
 しかし、あれからもう5年になるのですね。相変わらず赤対黄の争いが続いています。変化はいろいろとありましたが、幸いなことに、ゴーゴーバー全体で見るなら、大きな被害はなかったと言えるでしょう。もちろん中には、稼げなくてパタヤなどへ移った子もいますけどね。
 
 私自身も、少しずつ変わってきました。今は、彼女たちのことを心配するというより、もっと穏やかな気持でいます。何と言ったら良いのか、そう「なんとかなるよ」という感じです。実際、なんとかなってきたのですから。
 
 これからも、いろいろなことがあるでしょうけど、きっとなんとかなると思います。ですから肩の力を抜いて、優しい眼差しで彼女たちを見守って行こうと思うのです。彼女たちはこれからも、たくましく生きていくことでしょう。
 
 そして彼女たちの生きるエネルギーは、これからも私に癒やしと元気を与えてくれるでしょう。その代わりに私は彼女たちに、ほほ笑みとわずかなお金で、感謝の気持ちを表そうと思うのです。「ありがとう。あなたたちと出会えて楽しかった。」そういう日々を過ごしたいと思います。