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 反タクシン派のデモが、警察署や首相府に入ったようです。どうやらこれは、催涙弾を快く思わない軍への配慮や、王様の誕生日を前にして死傷者を出したくない政府が、いったん相手の要求を受け入れる姿勢を見せたためのようです。
 
 反タクシン派は、総選挙をしても負けるとわかっているため、超法規的な解決策を提示しています。それは、国民各層から選挙によらず選ばれた人たちで国民会議を作り、そこから政府を作るという案のようです。どう考えたらこれが民主的なのか疑問符が百個も千個もつきそうですが、反タクシン派のリーダーは、まじめに考えているようですね。
 
 民主主義というものがわかっていないのでしょう。王様を敬愛する多くの人は、王様をないがしろにすることは反・民主主義だと考えているフシがありますからね。「自分たちの思いを反映した政治」だから「民主主義」だという理屈です。本来、立憲君主制の王様をどう思うかということと民主主義とは、理論的にはまったく無関係の事象です。ですが、結論ありきの頭には、そういう理屈は通じないようです。まあこれも、幼さの現れですから、仕方ないことです。
 
 
 とりあえず、明日の王様の誕生日は、静かな中で迎えることに同意しているようです。しかし、それが過ぎた後は、またどうなるかわかりません。革命を起こそうとしているのですから、革命が成功するか、自分が死ぬ(最高刑が死刑の国家騒乱罪で逮捕状が出されています)か、どっちかしかないと思っているのでしょう。血を見ずに収まる可能性は、かなり低くなったと思って間違いありません。
 
 そんな中ですが、庶民には庶民の生活があります。タダ飯が食えてエンターテイメントもあるから楽しめるとお気軽にデモや集会に参加するような国民がいる一方で、彼らの分も稼ぎだして社会を支えているもっと多くの人々がいます。そういう人たちは、混乱を疎ましく感じながらも、黙って仕事に励んでいます。私は、そういうサイレントマジョリティーの、味方でありたいと思います。
 
 
 ということで、救援活動の一貫(?)として、ゴーゴーバーへ通ってますよ。ソイカウボーイで改装していたカクテルクラブは、すでにリニューアルオープンしています。最近は店の前で呼び込みをする女の子にかわいいい子が増えたので、気になっていたのです。先日、店の前にちょこんと、小柄な可愛い子が座っていました。ん?どこかで見たような・・・。
 
 ティーラックにいたフォンちゃんでした。どうやらティーラックでトラブルがあって、店を移ったようです。久しぶりに会いましたから、一杯飲んでいきますよ。店内に入ると、すっかりきれいになってますね。細長いウナギの寝床のような店ですが、中央にアレイ型のテーブルを置き、その上で女の子が踊ってます。ひょっとして、これコヨーティー?
 
 フォンちゃんに聞くと、そうだと言います。ついにカクテルクラブにもコヨーティーが進出しましたか。どおりでかわいい子が増えたはずです。その一方で、ゴーゴーガールの多くは辞めた(辞めさせられた?)ようです。これもまた、時代の流れですかね。
 
 
 元ティーラックのフォンちゃんに会った数日後、今度はティーラックの前でコヨーティーのギンちゃんから声をかけられました。ミッドナイトバーやリオなどで踊っていた子ですが、ティーラック組に入ったようです。ギンちゃんに誘われたので、仕方なく(ゴメンね)入りましたよ。
 
 久々のティーラックでしたが、女の子も変わりましたねー。と思っていたのですが、古株がけっこういます。と言うか、知っている子が大勢。出戻り組が多いですね。あまりに久しぶり(数年ぶり)なもので、もう顔と名前が一致しない子もいます。「私よ、マイよ。覚えてないの?前は◯◯番だったけど。」うーん、そう言われても・・・。丁寧にお断りした後で調べると、その子は知っている子でした。ごめんなさい。
 
 
 平日は9時から3交代で12名のコヨーティーが派遣されています。その中に、また懐かしい子がいましたね。その子も、フォンちゃんです。リオで踊っていた子ですが、恋人(スポンサー)ができて引退したはずでしたが、また戻ってきたようです。別れたわけではなさそうですが、どうなのでしょうね。まああまり、立ち入ったことは聞かないことにしてますから。
 
 たしかフォンちゃんは、お母さんを亡くしたんでしたね。2年前の母の日(8月12日,王妃様の誕生日)の前日に聞かされました。当時のブログには匿名で書きましたけど、お母さんの死から1週間ほどなのに、けなげに働く彼女を、私は愛しく感じました。「この子を応援したい。」そういう思いにかられたのです。
 
 
 明日は王様の誕生日ですが、父の日でもあります。ゴーゴーガールやコヨーティーの中には、最近、お父さんを亡くした子もいます。推測で言っているのではなく、私はそういう子たちを知っているのです。多くの人が、「父の日だから田舎に帰るの。」とか「電話して、父の日おめでとうって言うの。」などと他の人が話すのを聞くのがつらいそうです。
 
 だからと言って、遠慮してそういう話をするなと言いたいわけではありません。そういう人もいるし、そういう人もまた、大切な1人の人なのだと言いたいだけです。「そうか、がんばっているんだね。」そう思うと、ついつい財布の紐が緩くなってしまいます。「でも、いいか。楽しかったし、それが生きているってことなんだから。」と、自分に言い聞かせながら帰路につくのでした。