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 インラク首相は、下院の解散を宣言しました。来年の2月2日にまた総選挙です。私にとっては、また酒が販売されない日ができることが、実質的な被害ですけど。(前日の1日18時から2日の開票が終わる12時くらいまで酒類の販売が規制されます。)旅行者にとっては、またゴーゴーバーが休業になりそうな日が増えたということですね。
 
 政府は下院を解散しましたが、反タクシン派は、デモや占拠をやめるつもりはなさそうです。そりゃそうでしょ。リーダーの元副首相は、逮捕されたら死刑か無期刑ですから。軍の関係者と密談し、クーデターを考えているようです。と言うか、おおっぴらにデモでクーデターを起こすと主張しているし、政権を掌握したとか勝手に言っているようです。
 
 欧米はクーデターには賛同していません。まあ、これも当然のことでしょう。民主的な手法ではありませんから。少なくとも選挙という国民が国政に参加する方法が確立しているのに、その手法を否定するというのは、民主主義ではありません。テロと同じです。暴力的な政権奪取です。
 
 
 それでも、タクシン氏が中国寄りなところが気に入らないのか、日本でも今のデモを正義だと考えている人は多いようです。選挙をしてもタクシン派が票を買収するから、意味がないなどと言います。まったく事情がわかってませんね。買収も汚職もお互い様。別にタクシン派が政権をとってからの出来事ではありませんよ。
 
 それに、いくら買収されたとしても、国民が国民の意思で投票することには違いありません。バカだから投票権がないという理屈は、そもそも民主主義の否定です。民主主義とは、国民一人ひとりの考えを、平等に政治に反映させる仕組みです。国民全体がバカなら、政治もバカで当たり前。それが民主主義なのです。(言葉が汚くてすみません。)
 
 
 もちろん、民主主義が絶対的に正しいなどと言うつもりもありません。独裁の方が、良い治世を行うことが可能なこともあるでしょう。たとえば江戸時代以前の日本は独裁ですが、必ずしも暴君ばかりではないし、良い政治を行った殿様も多数いますからね。
 
 しかしそれでも、人々の自由な権利が侵害されることがあってはならないという意思のもとに、民主主義を勝ち取ってきたのが人類の歴史です。(勝ち取ったのはヨーロッパだけで、あとはその押し付けですが。)そういう意味で、不完全かもしれませんが、私は民主主義であることの方が好ましいと思います。少なくとも権力者の横暴を、合法的、平和的に除去できるという点で。
 
 
 デモをしている人たちの主張は、民主主義に反しています。彼らは自分たちこそ民主主義だと言いますが、理屈として成り立ちません。民主主義とは、国民の一部の意思で政治を行うことではなく、すべての国民の意思で行うことだからです。
 
 「要はタクシンが好きか嫌いか。それだけだろう。」そう誰かが言ったそうですが、私もそうなんだろうなと思います。その好き嫌いの自分の考えを正当化するために、後付けで理由を付けているだけ。そんな理由ですから、論理的な矛盾があっても当然と言えるでしょう。
 
 彼らは王様が大好きで、その王様をないがしろにする(と思い込んでいる)タクシン氏を嫌っています。だから、何としてでもタクシン派から政権を奪わないといけないと考えています。だから手段も理由もなんでも良くて、追い出して戻って来られないようにしたいのです。「タクシン・オーク・パイ!インラク・オーク・パイ!(タクシンは出て行け!インラクは出て行け!)」そう主張していますが、これってイジメと同じでしょう。同じタイ人なのに、嫌いだからという理由で国から出て行けだなんて。
 
 よく「タイ人は優しい」などと言われますが、私はけしてそうとは思いません。いろいろな面があるのです。人間は、そう簡単に割り切れるものではありませんから。優しさも酷(むご)さも兼ね備えている。それが実像だと思います。だから、イジメをやっているという自覚もなく、平気でイジメることができるのです。
 
 
 当の王様は、先日の誕生日に、体調不良の中で無理をして国民に訴えました。「国民が一致団結するように。」王様は、そう言ったのですよ。それなのに、その王様の言葉を聞き入れないなんて、それで本当に王党派と言えるのでしょうかね。王様が大好きで、王様を愛しているのに、どうして王様の願いを叶えてあげようとしないのでしょう?そういう人たちは、本当の意味では王様を愛していないのです。愛していると思い込んでいるだけで、少しも本気で考えていないのです。
 
 国民の父と言われる王様です。それなら王様にとって国民は子どもたちではありませんか。兄弟姉妹が争って、殺し合って、誰かを家から追い出そうとしている。そんな家族を親は喜ぶでしょうか?そんな行為が、親のためになると、本気で思っているのでしょうか?兄弟げんかが親を悲しませることすら想像できないのですから、幼いと言う他ありません。
 
 
 どっちが正しいかという問題ではありません。正義はお互いにあるのです。これまでの人類の歴史を見ても、必ず正義を主張して争っています。そして勝った方の正義が、歴史として刻まれているだけです。普遍的な正義などどこにもないのだと言うことが理解できないとするなら、それは歴史を学んでいないということだと思います。
 
 だから、正義を掲げて争うことそのものが不毛なのです。そんなことをしても意味がないのです。正義の旗を降ろさない限り、人はいつまでも互いに傷つけ合い、この世に地獄を創り出すでしょう。地獄は神が創るのではなく、人が創るのです。自覚もなく地獄を創りながら、「どうしてこの世はこうなんだ?」と嘆いているだけです。
 
 
 世界の戦争を終わらせ、人が人を虐待することを終わらせたいなら、まず自分の心を平和にすることです。ガンジーもそう言っているじゃありませんか。自分が正義の旗を降ろすことです。「これも1つの方法に過ぎない」と言うことです。「どっちがよりふさわしいか、あるいは他に方法がないか、一緒に考えてみよう」と言うことです。
 
 相手を、仲良く一緒に暮らしていく兄弟姉妹だと思えないのでしたら、その人の心が、虐待や戦争を創りだしているのです。暴力で体制は変わっても、人の心は変えられません。人の心に平和がなければ、必ずまた次の地獄が創りだされます。結果である政治体制を変えようとしても、無意味です。原因である人の心、自分の心を変えない限り、同じことが繰り返されるだけなのです。
 
 もう、いい加減に大人になろうよ。お願いだから。握りしめた拳を開いて、手を握り合いましょうよ。「出て行け!」じゃなく、「いっしょにやろう!」と言いましょう。「死んでしまえ!」じゃなく、「違いがあるけど大好きだよ!」と言いましょう。同じ人間同士じゃありませんか。
 
 
 と言うことで、最近のタイの人たちへの想いを綴ってみました。これで終わるのも味気ないので、ゴーゴーバー情報を。ナナプラザにも、コヨーティーが進出し始めましたね。1Fのプレイスクールについては、先日お伝えしたとおりです。さらに3Fのラスベガスが店名を変えて(Wildなんとか)、コヨーティーの店としてリニューアルオープンしました。
 
 1Fのエンジェルウィッチ2のショーも、なんだか怖いくらいに充実してきたようです。2Fのエンジェルウィッチにはしばらく行っていませんが、どうなったのでしょうね。2FのG-SPOTは完全改修中ですね。どんな風に生まれ変わるのでしょう。3Fのカーニバルは店を閉めていて、まだどうなるかわからない状況です。少しずつ変わっていくナナプラザでした。