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 その店は、ソイカウボーイの端に近いところにあった。小さ過ぎもせず、大き過ぎもしない、程よい大きさだった。中央にステージがあり、10人ばかりのコヨーティーが踊っていた。コヨーティーとは、女性のダンサーのことで、体を売るゴーゴーガールとは違う。その中に、ひときわ懸命に踊っている細くて小さい子がいた。名をヌーウと言う。
 
 どう見てもガキにしか見えない。ヒョロヒョロに細くて、出るところも出てないような体型だ。お世辞にもかっこいいとは言えないし、セクシーとも言えない。強いて言うなら、お遊戯会で頑張って踊っている少女という感じだろうか。
 
 ただ、客のことなんかそっちのけで懸命に踊っている姿が初々しかった。かわいいとも言えない顔つきだが、お遊戯会で踊っている少女と思えば、そういう意味でのかわいさはあった。「よく踊ってるね。はいこれ。ありがとう。」帰り際に私は、そう言って彼女に100バーツ札を渡した。一瞬キョトンとした顔を見せたものの、彼女はすぐに顔をほころばせて受け取った。
 
 それから、2週間に1回くらいのペースでその店に行っただろうか。そして彼女と目が合うと、互いににこりと微笑むようになった。ドリンクをご馳走したりはしない。この店には馴染みのゴーゴーガールがいるから。ドリンクをご馳走するのは、その子たちだけと決めていたのだ。ただ、ヌーウが踊っているときだけは、彼女のダンスに注目した。そして帰り際には、決まってチップを渡した。
 
 
 そんな彼女との出会だったが、時が流れるのは早いものだ。いつしか4年半の歳月が過ぎていた。彼女は同じソイカウボーイの中だが、他の店に移っている。今ではその彼女を目当てに、私は月に1回ほど通っているのだ。
 
 この日は、彼女の誕生日だった。私が覚えているはずもないのだが、ご丁寧なことに、1ヶ月前に会った時にヌーウが教えてくれた。「誕生日には絶対に来てよ。忘れないで。」そうまで言われては仕方がない。たまたまその日はフリーだったこともあって、10時近くに店に行った。
 
 
 「ヌーウ、来てるわよ。」馴染みの給仕の子が、尋ねもしないのにそう言ってくる。わざと気にしていないフリをしながら、軽くうなずく。常連になると、わざわざ飲み物を注文する必要もない。「ハイネケンね?」これにも、うなずいただけだ。給仕の子は、キャッシャーとは違う方へ歩いて行った。どうやら彼女を呼びに行ったようだ。
 
 しばらくすると、ヌーウがやってくるのが見えた。遠くにいても、その喜んでいる顔がよくわかる。これがあのヒョロっとした、たいして可愛くもなく、セクシーでもなかった少女なのだろうか?歳月は人を変えると言うが、ここまでいい女になる少女も珍しい。豊かな胸、くびれたウエスト、適度に肉付きのあるお尻。そして魅力的な大きな目。それが今のヌーウの姿なのだ。
 
 
 「ドリンク飲む?」返事はわかっているが、いつもの習慣でそう尋ねた。「今日は5杯ね。誕生日だもの。」私との付き合いが長いと、上手に甘えてくる。それがまた嬉しくも感じる。「いいよ。そのために来たんだから。」ヌーウは、それほど酒に強い方ではない。だから5杯ご馳走すると、コーラを1杯とテキーラを4杯という組み合わせになる。
 
 以前は、どれくらい飲めるかもわからず、毎回テキーラを注文して飲んでいたら、15杯くらいで吐いてしまった。介抱してくれた仲間の分もご馳走したり、チップをあげたりと散々だった。だからそれ以降は気をつけて、あまり急ピッチで飲ませないようにしている。しかし、この日は特別だ。好きなだけ飲んだらいい。吐きたければ吐いたらいい。
 
 
 ヌーウは、ずっと私のそばにいて、話をしたり、踊ったりしてる。昔から彼女のダンスは見ていて楽しかったが、今もこうやって目の前で踊ってくれるのが嬉しい。完全に私だけのプライベートダンスなのだから。自分のダンスの順番が来ても代役を立てて、ヌーウはずっと私のそばにいる。その代わりに、代役の子にご馳走することになるのだが。
 
 ヌーウは、私が触りたければ、どこまででも触らせてくれる。ヒップを撫でるのも、くびれたウエストを撫でるのも、思いのままだ。ただし服の中に手を入れようとすると、身をよじってかわし、私の顔の前で人差し指を振りながら、笑顔でダメダメとたしなめる。その仕草が、またかわいくて、ときどきわざと手を胸の膨らみに這わせたりしてみる。
 
 
 もう20杯はご馳走しただろうか。ヌーウの顔にも、酔が浮かんでいる。彼女は私の膝の上に座ると、腕を私の首に回し、耳元で堰を切ったように話し始めた。「あなた、今日は来ないんじゃないかと心配だったのよ。給仕の子が私のところへ来て、あなたが来たことを教えてくれたとき、どれほど嬉しかったかわかる?あなたは特別なの。」
 
 嬉しいことを言ってくれる。うんうんとうなずきながら、私はヌーウを抱きかかえるようにして、背中や頭をやさしくなでた。そのうち彼女は、嗚咽を漏らし始めた。ヌーウは泣き上戸なのだろう。以前にも何度か、私の腕の中で泣いたことがある。
 
 「あなた、20年後に結婚してね。愛人でもいい。あなたがすぐに私と結婚してくれないことはわかってる。彼女がいるんでしょ?あなたは電話番号も教えてくれないし、ぬいぐるみを買ってプレゼントしようとしたときも、受け取ってはくれなかった。持って帰ったらまずいんでしょ?わかってるわ。だから、20年待ってる。エーン・・・」
 
 ついに完全に泣きだしてしまった。そう言えば、そんなこともあった。酔ったヌーウが「ちょっと待ってて」と言って店を飛び出し、しばらくしてぬいぐるみを抱きかかえて戻ってきたのだ。「はい、これ。あなたへのプレゼント。」そう言って渡そうとしたのを、私は頑なに拒んだのだ。「ダメだよ。持って帰れないよ。」
 
 それにしても、20年後って・・・。彼女が40歳で、私は・・・もうおじいちゃんじゃないの。真面目に考えてみて、そのバカらしさに笑いそうになった。けれども彼女は、そんな私の空想に関係なく、ずっとしゃべり続けていた。
 
 
 「あなた、覚えてる?最初に会った日のこと。あなたは私を見て、ニコッと笑ってチップをくれたわ。私、それがとても嬉しかったの。私を呼んでくれるお客さんは、とても少なかったから。そのときから、ずっとずっとあなたのことが好きだったの。」
 
 メイクがすっかり落ちてしまい、アイライナーのほとんどは、私のワイシャツに染みこんでしまった。つけまつげもとれ、すっぴんのヌーウの顔が現れた。「そうだ。最初に会ったころは、こんな顔だったんだ。」私の頭に、4年半前の記憶が戻ってきた。
 
 
 「あなた、今日はありがとう。20年後に結婚してね。」精算を済ませて帰ろうとしたとき、再びヌーウがその話に触れた。時計は深夜1時を回っている。「ごめん。約束はできないよ。あなたは素晴らしいんだから、きっと素敵な彼氏が見つかるよ。」そう心の中で思いながら、私はこう言って微笑んだ。「わかった。ただし100年後だよ。」