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 その店は、スクンビット・ソイ23に近い側のソイカウボーイにあった。スパイスガールズ系のサハラという店だ。ゴーゴーガールよりコヨーティーの方がやや多い。当時はまだ、そんな感じだった。今は、ゴーゴーガールは少なく、その多くがレディーボーイになっているが。そこにディアというコヨーティーの子がいた。
 
 私のお気に入りの席は、入って右側の長いソファー席だ。どうせ客も少ないし、広いソファーを1人で占領する。もちろん、客が増えてくれば、率先して移動するくらいの心がけはしている。初めてディアと会ったときも、私はその指定席に座った。他に客は数人ほど。向かいのソファー席に2~3人、目の前のボックス席に4~5人という感じだった。
 
 
 ビールを飲み始めてすぐ、ディアのことが気になり始めた。セクシーなダンスを、誰に見せつけるわけでもなく、淡々と踊っている。動きの大きさ、切れなど、申し分ない。そして美人とまでは言わないが、大きな瞳は魅力的だった。
 
 しばらく注目していると、さすがに私の視線に気づいたようだった。少しはにかんだように微笑んだ顔が、とてもかわいらしく感じだ。ダンスが終り、彼女は私のところへやってきた。「ナン・ドゥーアイ・ダイ・マイ?(一緒に座っていいですか?)」そう定番の言葉をかけてきた。
 
 たいていの場合、私はこの誘いかけを断る。「タマイ?(なぜ?)」接客の女の子が座りたいと言うのに、「なぜ?」と聞くのは無粋なことだ。それがわかっていながら、私はあえてそう問う。そうすると、たいていの子は意気消沈してあきらめる。だが、彼女に対しては違った。すぐに「いいよ」と答えて座らせたのだ。
 
 
 「ツーといえばカー」という言葉があるが、女の子とのやりとりの中にも阿吽(あうん)の呼吸というものがある。気持ち良いテンポとか、気持ち良いタイミングというものだ。来て欲しい時に来てくれる。話しかけて欲しい時に話しかけてくれる。そのタイミングの良さが、さらに私を気持ちよくさせる。このときも、そうだったのだ。
 
 だいたいにおいて私は、自分から女の子を呼んだりはしない。来たければ来ればいいし、来たくなければ来なくてもよい。そう思っているからだ。でも、来て欲しいと感じる子がいることも事実だ。ただその感じ方はたいてい曖昧で、自分自身も明確には思っていない。だから呼ばないのだけど。
 
 このときも、私の中ではまだ、来て欲しいという明確な思いはなかった。でも後で考えると、おそらくその思いが臨界点に達する寸前だったのだろう。ちょうどそのタイミングで、彼女の方からやってきてくれた。だから私は躊躇(ちゅうちょ)することなく、彼女を迎え入れたのだ。
 
 
 「私はディア。あなたの名前は?」私も自分の名前を告げた。もちろん、夜遊びの時にだけ使うニックネームだ。フルネームを言ったところで、タイ人には言いづらいから、いつもニックネームで通している。それに、どうせすぐ忘れる。私の名前を覚えている子など、ほとんどいないに等しい。
 
 すぐにドリンクを勧めた。相手から要求される前に勧める。それが私の流儀だ。そもそも飲ませたくない子は座らせない。勝手に座るのは別だが、私ははっきりと断る。どうせ飲ませると決めたなら、じらしたりもしない。ディアは、いきなりドリンクを勧められたことに驚き、ただでさえ大きな瞳をまん丸にした。
 
 
 「セクシーなダンスだね。そんなふうに踊る子が好きなんだよ。」そう私が言うと、ディアは「ありがとう」と言って、その場に立ち上がって踊り始めた。近くで見ると、さらにセクシーに見える。盛り上がった胸の膨らみ、キュッとしまった感じのウエスト、そして小さくて柔らかそうなヒップ。もはや何も抗うものはない。私は遠慮なく、彼女の魅力を堪能させてもらった。
 
 またダンスの順番が来た時、ディアは自ら私の目の前のボックス席にある丸テーブルに乗った。目の前で私に、セクシーなダンスを披露してくれるのだ。その距離感がまたいい。触りたくても触れない。わざと胸やお尻を突き出して、私を挑発する。エクスタシーは、頂点に達しつつあった。
 
 ダンスが終わって戻ってくると、またすぐにドリンクを勧めた。踊り終えて暑そうに手で扇いで、ほてった身体を冷まそうとしている。「脱いでもいいよ。」もちろん冗談だ。でも、そんな冗談も喜んでくれる。「アーイ・ナ(恥ずかしい)」そんな他愛もないやりとりが、私を喜ばせる。
 
 
 コーラを飲んで落ち着くと、ディアはまたプライベートダンスを始めた。どこを触っても抵抗しない。胸でもお尻でも、そして股間でも。たいていのコヨーティーは、パンティーなどを何重にも履いて、ピチピチにヒップ周りを固めている。しかしディアは違った。私の手がするっとパンティーの中に入ってしまったからだ。
 
 「どうして濡れてるの?」そう尋ねると、ディアは私の耳元でささやいた。「感じてるの」女の子からそう言われて、喜ばない男はいないだろう。これほど、男を喜ばせる言葉はない。「ディー・ナ(いいね)」男と女が、互いにエクスタシーを感じ合う瞬間。まさに至福のひとときだ。
 
 
 その後、ディアとは2~3回ほど、サハラで会っただろうか。一時、パッポンのプールバーへ行くような話もしていた。そこなら連れ出せるから、私にぜひ来てほしいと言うのだ。だが結局、そこは1~2日働いただけで、またサハラへ戻ってきた。どうも性に合わなかったらしい。そしていつしか、サハラでも見かけなくなった。
 
 
 それから何ヶ月が過ぎただろうか。ひょんなところでディアの名前を耳にした。「あなた、ディアを知っているでしょ?サハラで働いていた子。」ナナプラザに新しくできた店の、キャンディーランドの前だ。そこにたむろしていたコヨーティーが、私に声をかけてきたのだ。
 
 「知ってるよ。ディアはどこにいるの?」ひょっとしたら、また会えるかもしれない。そんな期待をしながら尋ねた。しかし、彼女の答えに私は凍りついてしまった。「死んだよ。」そんな、まさか。「なぜ?」まだ信じられない思いで、そう言った。「刺されたのよ。」どうやら、恋人か何かとの関係がもつれて、殺されたようだった。
 
 
 私は呆然として、その場を立ち去った。「そうか、死んだのか。もう会えないんだな。」もう会えないと思うと、無性に会いたくなる。頭の中でディアの思い出が、繰り返し繰り返し流れていた。あの瞳、あの胸、あのお尻・・・。すべて思い出になってしまった。
 
 考えてみれば、これまで何人の女の子が先に死んでしまっただろう。私がよく知っている子だけ数えても、5人はいる。最近では、レインボー1のトム・ボーイの給仕の子が、ガンか何かで死んだ。会えば必ずドリンクをご馳走する子だった。私よりもはるかに若い子たちが、私を追い越して死んでいく。それもまた人生なのだろう。
 
 思い出になったディアに、私はどうしても言いたい言葉があった。「ありがとう」あなたのお陰で楽しかった。あなたのお陰で幸せでいられた。あなたのことを、心から愛しています。そう思いながら、自分で笑ってしまった。おそらくこの言葉を私は、これまで出会ったすべての女の子に言いたいのだろうから。