Pocket

 今年もあと半月になりました。本当に時間が過ぎるのは速いものです。ついこの間、12月になったばかりだと思ったのですけどね。そろそろブログを更新しようかと思いつつ、ついついコメントのやりとりで満足していました。私の記事より読者のみなさんからの情報の方が濃いので、それでいいかな、なんて…。今日は真面目に更新します。(汗)
 
 
 よく、「相場を上げるな!」という声を聞きます。つまり、あるサービスには、それにふさわしい金額というものがあるので、それより多い金額を支払う人がいたら、そのサービスの値段が上がってしまう。値段が上がれば、支払う側(=自分)が損をする。だから、「相場を上げるな!」と苦情を言うのです。
 
 この問題は以前からずっとあるもので、これに対する私の考え方は同じです。つまり、「人それぞれだから、別にいいんじゃないの。」というもの。過去に参考になる記事をいくつか書いていますので、こちらをご覧いただければと思います。
 
「040 チップの極意 2009.08.15」
「107 相場について 2010.10.08」
「110 適正なチップの額 2010.10.28」
「243 奥義・夜遊びを100%完璧に楽しむコツ 2013.02.09」
 
 
 さて今日は、こういう「相場を上げるな!」と主張する人のことを、少し考えてみたいと思います。あるとき、このことを考えていて、ふと、「これはカイン・コンプレックスだなあ」と思いついたのです。なお「カイン・コンプレックス」については、別のブログ「自由に生きる!」の中で書いてますので、そちらを参考にしてくださいね。
 
「兄弟げんか」
 
 
 つまりこれは、相対的な愛の減少感だと思うのです。たとえば、ある男がいて、これまでロングのペイバーで2,000バーツをあげていたとしましょうか。ペイバーされたゴーゴーガールも、それで満足して喜んでくれていた。そこへ他の客が来て、当然のようにロングで3,000バーツ払うようになりました。するとその子は、「ロングで3,000バーツもらっていいんだ」と思うようになります。
 
 ある日、その男は同じようにロングでペイバーして、別れるときに2,000バーツを差し出しました。すると女の子は、「もう1,000バーツちょうだいよ」と、不満そうに言いました。そのとき、その男は、その女の子の愛が減ったと感じるのです。
 
 つまり、これまで2,000バーツで100の愛がもらえていたのが、60くらいの愛しか感じられなくなったのです。そこで男は考えます。「どうして、私がもらえるべき愛が減ったのか?」そして、その原因を女の子ではなく、相場を上げた別の男に押し付けるのです。「あいつが相場を上げたからだ。それで自分がもらえるべき愛が減ったんだ。」
 
 
 おかしいと思いませんか?だって、愛が減ったと感じたのは、その女の子の態度によるものですよね。だったらその原因は本来、女の子にあると考えるべきではありませんか?しかし、その女の子を恨むのではなく、別の男が女の子の愛を奪ったと感じるのです。これが、カイン・コンプレックスなのです。
 
 なぜそうなるかと言うと、女の子の愛に執着しているからです。依存しているからです。だから、仮に愛が減ったとしても、ゼロにはしたくないのです。女の子から、もっと愛がほしいのです。ですから、女の子に直接不満をぶつけることもできず、また、「別に愛されなくてもいいや」と見切ることもできないのです。
 
 けれども、心の中には不満が溜まっていきます。愛されたくてたまらないのに、その愛が得られないからです。そこでその怒りが、本来は関係のない別の男に向くというわけです。その結果、「お前が相場を上げるのが悪いんじゃないか!相場を上げるなよ!」という発言になるのです。
 
 
 カイン・コンプレックスを解消する方法は簡単です。その女の子に執着するのをやめればいいんです。見切ればいいんですよ。だって他人は変えられませんし、人はそもそも自由ですからね。他人が自分の思い通りにならないなんてことは、当然過ぎるくらい当然なことなんですから。
 
 そうやってその子を見切って他の子に鞍替えしても、そこでも同じような問題が起こるかもしれません。つまり、どの子もロングで2,000バーツは不満に感じ、3,000バーツでなければ満足しなくなったとしましょう。そのときは、自分の「ロングは2,000バーツが妥当」という価値観を変えるか、ロングで連れ出すことそのものへの執着を捨てればいいんです。
 
 要するに、「こうでなければ」という考え方を捨てるのです。相手は相手、自分は自分。それで互いに妥協できる点を探すか、見つからなければ共同作業をやめるだけのこと。何も難しいことではありませんよ。それが難しいと感じるのは、何かに執着しているからです。依存しているからです。そのことで得られると考えている愛に、必要性を感じているからです。
 
 
 たかが夜遊びですよ。自分が好きなように、楽しめるように、遊んだらいいじゃありませんか。愛が得られないとか、愛が減るというのが幻想だと見抜くことです。されど夜遊びですから、自分の遊びの流儀に自分がしたがうのは良いことだと思います。ただ、他人をしたがわせる必要性がないんです。
 
 それに、そういった執着とか依存とかを手放さなければ、自由になれません。自由でなかったら楽しくないでしょう?楽しむために生きているのに、楽しむために夜遊びするのに、どうしてわざわざ楽しめないようにするんでしょうね?もっと楽しみましょうよ。
 
 
 だから、「相場を上げるな!」と言いそうになったら、「これはカイン・コンプレックスだぞ」と気づいてくださいね。愛の減少感が幻想だと、見抜くチャンスなのですから。そのチャンスを与えられたのだと思えば、そういう出来事を楽しむことさえできますよ。
 
 ま、でも、考え方は人それぞれですから、それでも「相場を上げるな!」と言いたければ、言ってもかまいませんよ。自分がそうしたくてそうするのですからね。それで楽しいなら、それでいいじゃありませんか。ねえ。