Pocket

 もうすぐソンクラーン(タイ正月)ですね。13日から15日までの3日間ですが、土日とくっつくので、11日(土)からもうソンクラーン休暇のような気分です。来週も16日(木)と17日(金)を休めば、合計で9連休になります。各地で水かけ祭りなどの行事(遊び?)が行われます。水掛けを楽しむ人は、掛けられたくない人もいることを考慮して、楽しんでくださいね。
 
 私は恒例となりましたが、今年もバンコクを脱出します。バンコクに留まる場合は、部屋に引きこもります。だって、水を掛けられたくないんですもの。夕方になれば、少なくとも道を歩いていて掛けられることはありません。ただし、繁華街を除いて。もう10年くらい前になりますが、ナナプラザの前でファラン(西洋人)から大型水鉄砲で顔面に水を掛けられたのが、まだトラウマになってますよ。(笑)
 
 
 さて、最近のニュースで、どっかの中学校の元校長が、フィリピンで未成年の女性を買春していたとありました。その人数に驚いたのですが、なんと12,000人だとか。よくそれだけ買ったねえと驚くとともに、よくそれだけ数えたねと、捜査した人の労力に敬服します。わいせつな行為を撮影し、保持していたことから明らかになったようです。
 
 その元校長が、こんなことを言っているそうです。「清潔さに新鮮さを感じた」まあたしかに、若い女性の肌はきれいでみずみずしいですからね。どこまで若けりゃいいかって、やっぱり最高は赤ちゃんでしょう。赤ちゃんのお尻なんて、頬ずりしたくなるくらいですから。そんなCMもあったじゃありませんか。
 
 
 元校長は、性的好奇心が強いことは認識していたとか。27年前にフィリピンで買春して、こんなに安いなら悶々としてることもないと思い、続けたのだそうです。日本での教育の仕事にストレスを感じていたと言っているようです。
 
 その気持ち、よーくわかりますよ。私もタイでゴーゴーバーにはまった理由の1つは、ストレスの発散でしたから。そして私自身も、性欲が強い(=すけべえ)だと認識しています。ですから、許されるものならやりたいという気持ちは、よーくわかるのです。
 
 
 なので私は、この元校長を非難するつもりはありません。それは、第1に被害者がいないからです。相手の少女が被害者だと言いたい人もいるでしょうけど、私はそうは思いません。なぜなら、元校長が被害を与えたというより、そういう状況にさせた大人こそが本当の加害者だと思うからです。
 
 たとえば、戦時中の慰安婦の問題でも、慰安所で買った兵隊さんが加害者なのでしょうか?違いますよね?騙してそこに連れて行った業者だったり、娘に内緒で売り飛ばした親こそが、本当の加害者でしょう。私はそう思うので、この場合でも加害者は元校長ではなく、その少女に売春をさせた大人だと思います。
 
 もし、嫌がる少女に無理やりわいせつな行為を働いたなら、これは立派な強姦です。加害者です。そうではなく、相手が了承していたのであれば、たとえそれが本当は嫌であったとしても、被害を与えたとは言えないでしょう。強いて言うなら、自分が勝手に被害にあっただけです。
 
 
 もちろん、この表現方法は難しくて、どんな理由があっても買春、ましてや未成年者に対する買春などは許せないという価値観の人からすれば、私の考えは受け入れられないと思います。少女を傷つける発言だと批判されるかもしれません。でもね、価値観は人それぞれですから。
 
 売春させられた少女に同情はしますが、それもまた彼女たちの運命だったとも言えます。その元校長がいなければ、彼女たちが救われたわけではありませんから。自分の意志でなく、売春に限らず労働をさせられたり、兵士にさせられたりする少年少女が多数いるという現状は、何とかしなければならないと思っています。
 
 
 第2に、ストレスの発散として欲望を満たしたいという気持ちは、人間として当然だと思うのです。フラれた腹いせにドカ食いする女性は、けっこういるんじゃないでしょうか。男の場合はヤケ酒ですかね。私にも経験があります。
 
 でも、よくよく考えたら、変ですよね?だって、フラれたことと食べることって、まったく関係ないじゃありませんか。これは、フラれたことで心が不満足になっているんです。満たされてないんですよ。だから心は満たそうとして、体の欲求をかなえようとするんです。体の欲求とは、いわゆる三大欲求です。食欲、睡眠欲、性欲。
 
 ストレスが大きいと、心は満たそうとして、手っ取り早い体の欲求に応えようとします。でも、本来の体の欲求は、満たされれば収まります。お腹がいっぱいになれば、食欲もなくなりますよね。ところが、心はそれでは満たされません。ここがやっかいなところなのです。
 
 
 体は「もうお腹いっぱいだよ」と言ってるのに、心は「まだまだ満たされないよ」と言うのです。だからドカ食いしてしまうのです。心が自分の欲求を、体に押し付けるのです。体よりも心の方が強いですからね。
 
 心が本当に満たしたいのは、「愛」です。愛で満たされてないから、それを満たしたいのです。本当はね。それを食欲などに振り向けるから、心の欲求はいつまでも満たされず、体の欲求ばかりを追い求めてしまうのです。元校長の性欲の強さとは、要は心が満たされてなかったということだと思います。
 
 
 このように思うので、私は元校長を責める気にはなれません。気の毒になあと思うだけです。せめて未成年者に手を出さなければ、せめてデータを保存するのを我慢すれば・・・。それができないほど、心が満たされてなかったのだろうと思います。
 
 
 また別のニュースで、通勤ラッシュの社内で女性に向けて射精した男が逮捕されたそうですね。痴漢は見つかるとまずいから、せめてマスターベーションで気持よくなろうとしたのでしょうか。これなども、哀れに思います。マスターベーションなら、そんなところでなくてもできるでしょうに。
 
 そんなところでムラムラして、自分の気持ちを抑えきれなくなる。これもまた、心が満たされていないからです。性欲が強いんじゃないんですよ。愛情欲求が強いんです。愛に飢えているんです。欲しがっても欲しがっても得られないから、それが体の欲求を強めているだけなんです。
 
 
 多かれ少なかれ、ほとんどの人がそうですよ。愛情欲求です。ダイエットを決意しながら食欲に負けてしまうのも、愛情欲求が満たされないからです。身体を大切に扱えないのは、愛が得られなくて不満だから。そんな自分を自己卑下しているからです。
 
 でも、愛は他人に求めても得られません。一時的に得られても、すぐにそれでは満足できなくなります。だから本当は、自分に求めるべきなんです。自分で自分を愛する。他人を愛する前に、自分を十分に愛してあげる。そうすれば、心の欲求を体に押し付けることはなくなります。
 
 
 そのことに気づけば、性犯罪ばかりか、多くの犯罪が未然に防げるのでしょうけどね。元校長や、電車内で体液をかけた男をいくら非難しても、犯罪はなくなりません。彼らの問題は、ほとんどすべての人の問題でもあるのですから、それを解決することの方が重要だと思います。
 
 夜遊びは、たかが遊びです。執着しなければ、単に遊びで済ますことができます。しかし、上記の問題が、ここでも顔を出してきます。だから、されど夜遊びなのです。人生の縮図なのです。遊びの中で、その問題に気づけて、それを解決できたら、最高じゃありませんか。私は、そんなふうに思っています。
 
 
 話は変わりますが、最近、「ぴんへぶ」と似た感じの情報誌が発刊されましたね。「HOW?」という情報誌です。体裁が似ているので「ぴんへぶ」かと思ったら、違ってました。ゴーゴーバーだけでなく、カラオケ、マッサージ、マッサージパーラーまで、すべてを網羅しています。
 
 ゴーゴーバーで特筆することは、「ぴんへぶ」が頼まれても広告を掲載しないとしていたスパイスガールズ系の広告を載せたことです。地図も充実しているし、後発ということもあって、なかなかよく出来ていました。タニヤも復活したみたいだし、タイの夜遊びが廃れることはなさそうですね。