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 その店は、ソイカウボーイのほぼ中央にあった。スージーウォンというショーをやる店だ。以前は、火吹きショーやペイントショーなど、目を見張るようなショーをやっていて、これがビール一本で見られるなら、こんなお得なことはないと思っていた。しかし、時とともにショーの内容も変わる。このころは、局部から取り出した針で風船を割ったり、ピンポン玉をコップに落とすような、場末のショーばかりだ。
 
 
 そのこともあってか、以前ほどファラン(西洋人)の客も来ない。ショーが好きなファランが多いので、以前ならショータイムには空席がないほど客が入ったのに。客が少ないもう1つの理由は、入店前に1ドリンク注文させるシステムだろう。これは人気店のバカラで始めたものだが、なぜかスージーウォンでも始めてしまった。あまり効果はないと思うのだが、タダ見客に対する従業員のフラストレーションは緩和されるかもしれない。
 
 
 そんなスージーウォンが打った次の手は、コヨーティーの導入だった。すでに他の多くの店が導入しているので、特に目新しいことでもない。ただ、女の子集めの苦労をしなくても済むということだろう。それに、以前ほどはコヨーティー派遣の値段も高くないようだし。
 
 ある店では、2ドリンクまではドリンクバックが女の子に払われない仕組みになっていた。つまり、1日に3杯のドリンクを飲ませてもらって初めて、1杯50~60バーツのドリンクバックがもらえることになる。そうやって女の子の取り分を減らすことで、店が成り立つようにしているのだ。店の経営も厳しいのだろう。
 
 最近では、コヨーティーと言ってもペイバーできる、つまり連れ出せるケースが多い。以前のように、コヨーティーかゴーゴーガールかで悩む必要性は少なくなった。ペイバー代の違いがあったり、一部にはホテルへ行く(つまりブンブンする)のは嫌だと言う子もいるが。まあそれでも、以前のような違いはない。お店の女の子か、派遣されてる女の子か、という違いがあるくらいだ。
 
 
 そんなスージーウォンで、1人のコヨーティーの子と出会った。ここまでコヨーティーが増えると、本来はダンスのプロであるはずのコヨーティーも、踊らない子が多くなった。ご多分に漏れず、スージーウォンのコヨーティーも、大半は踊らない。しかしそれによって、よく踊っている子が目立つ。その子は、終始笑顔で踊っていた。
 
 踊り方は単調で、プロのダンサーと呼べるようなものではないが、それでも懸命にセクシーに踊ろうとしているのがわかる。何より笑顔がチャーミングだ。媚びを売る笑顔ではなく、自然と出てくる笑顔。踊ることが楽しいからなのだろうと思った。
 
 
 ダンスが終わった後、その子は、私の方を見ながら、前を通り過ぎて行った。遠慮しているのだろう。私もあえて呼ばなかった。いつものことだが、私は自分から女の子を呼んだりはしない。彼女らが勝手に来るので、その中で「まあいいや」と思う子にご馳走するだけだ。
 
 ところがしばらくすると、その子は戻ってきて、私の隣に座った。まあ空いている席に誰が座ろうと、私が咎める筋合いもない。その子は、「ナン・ドゥーアイ・ダイ・マイ・カ(一緒に座っていい)?」と聞いてきた。通常ならあっさりと「ダメ」と答えるケースが多いのだが、この時は「座るだけならいいよ」と譲歩した。彼女の中に、何か感じるものがあったのだろう。
 
 
 彼女はミーと名乗った。自分から名乗る子は珍しい。「あなたの名前は?」と彼女は尋ねた。「チュー・アライ・ディー(名前は何がいい?/名前はアライディーです)」そう答えると、彼女は笑った。その笑顔がまぶしかった。「チュー・アライ・コ・ダーイ(名前は何でもいい/名前はアライコダーイです)」そんな冗談を言いながら、しばし会話をした。
 
 「私、飲んでいい?」そう尋ねてくる彼女に、私は素直に「いいよ」と答えた。「今夜は彼女と過ごすか。」そういう予感がしたのだ。彼女は、チェンマイから来たと言った。バンコクに来て1ヶ月ほどだと。チェンマイでは歌手をしていたらしい。ダンスもしていたと言う。おそらく、歌やダンスを披露しながら、客に買ってもらうシステムの店で働いていたのだろう。
 
 歌うのが好きだと言う。踊るのも。バンコクで働いてお金を貯めて、いずれはチェンマイに戻って自分で店を開きたいのだと、彼女の夢を語ってくれた。「どのくらいかかりそう?」そう尋ねても、明確な答えはなかった。そんな計画的な女の子は、ほとんどいないのだ。とにかくやってみる。上手く行かなければ他のことを考える。そうやって、行き当たりばかりで生きるのが、多くのタイ人の生き方だから。
 
 
 数杯ご馳走したところ、彼女が言ってきた。「私のドリンクはもうこれでいいから。」もう充分に飲ませてもらったから、店に対する義理もたったということなのだろう。しかし、そう言われては男がすたる。「いいよ、飲んでも。私はね、ダンスで交代するたびに1杯ご馳走することにしているんだよ。」私はそう彼女に言った。
 
 たしかに、それが私の流儀だ。間違いではない。しかし、本心は違うのだ。ドリンクをねだれれてばかりだと、嫌気がさす。狙いはお金だろうと感じるからだ。もちろん当然そうだと思っているのだが、その中で上手に夢を見させてほしい。それが本音なのだ。だから、遠慮されれば逆に勧めたくなる。みごとにハマってしまった。
 
 
 「両手をね、高く上げるようにして踊るとセクシーだよ。」そう言うと、次のダンスでやってみると答える。そして、そういうダンスを披露してくれた。だいぶ、酔いが回ってきたようだ。自然と顔がニヤける。彼女の友だちもはやし立てる。でもね、友だちにはご馳走しないから。それも私の流儀だ。
 
 「どこが一番感じるの?」そんなことを尋ねながら、彼女の身体を触りまくる。「全身感じるのよ。ほら、鳥肌立ってるでしょう。」そうはぐらかすのであれば、次の手でいきましょうか。不意に脇の下をくすぐる。「チャカチー(くすぐったい)!」と悲鳴を上げる彼女を追い回す。「くすぐったいのと感じるのと、どっちがいい?」そう究極の選択を迫る。もう完全にスケベオヤジだ。
 
 
 でも、ほどほどというものを心がけているつもりだ。彼女のグラスが空いてしばらくしたら、追い詰める前にドリンクを勧める。人は、逃げ道がないと困るものだから。それは、私自身のためでもある。どこまで行っても、彼女を手に入れることはできないのだし、仮にそうしたからと言っても、それでどうなるわけでもないのだから。
 
 追っては逃し、逃しては追う。そんなゲームを楽しんでいるうちに、あっという間に時間は過ぎてします。もうここでおしまいにしよう。そう考えてから、すでに1時間近く経ってしまった。これが最後のドリンク。そう思って、彼女にドリンクを勧める。まだ遠慮がちに彼女が言う。「これまで、こんなことをしてくれるお客さんはいなかったわ。ありがとう。」
 
 私の方こそ、良い夢を見させてもらったのだ。彼女がいつか、チェンマイでお店を開くとしたら、その一助になるのだろうから。同じ夢を共有したと言ってもいい。そして、今夜は彼女のひんやりと汗ばんだ肌を、舐め回すように堪能させてもらった。ありがとう、このスケベオヤジに付き合ってくれて。
 
 
 どうやら12杯ご馳走したらしい。私はそこまでにたっぷり飲んでいたので、ここではビールを3本だけ。支払いは3000バーツでお釣りはすべてチップにした。彼女へは、チップとして300バーツをあげた。「このくらいでごめんよ。」と思いながら。けれども、そのチップすら、望外のことと喜んでくれた。
 
 こういうことがあるから、新規開拓はやめられない。それが当たり前と受け止められた瞬間から、気持ちはなえるのだ。最初は「そこまでしてくれるの」という驚きと感動があっても、いずれそれが当たり前になる。夫婦生活も、そういうものではないだろうか。それがわかっているからこそ、時にこうやって新鮮な空気を吸いたくなるのだ。
 
 ありがとう、ミー。次に会う機会があるかどうかわからないけど、今夜のことはきっと忘れないよ。そして、いつかあなたが、チェンマイで店を開くようになることを祈っている。その店に、私が行くことはないだろうけど、あなたの成功を祈っているよ。たった数時間であったとしても、心の底から愛したあなただから。