「ホヮッチュアネーム?」
女がオレの名を聞いてきた。
 
 
タイでは、だいたいすぐに名を聞かれる。
日本なら、「てめえから先に名を名乗れ!」とぶち切れるところだ。
だが、この文化にもすっかり慣れてしまった。
 
 
「タカ」
オレは短く、タイでのニックネームを名乗った。
本名とは全く違う。
でも、それでいいのだ。
 
 
女は、「マイネームジュン」と名乗った。
「ナイスチュユミーチュユー」
定番の挨拶が終わった。
 
 
「フェアーカムフローム?ジャパーン?ビジネス?オア、トゥアー?」
まるで入管審査のような質問。
しかしこれも定番だ。
 
 
「マーティアオジャークイープンカップ(日本から遊びに来た)」
そう答えると、女の顔がサッと明るくなった。
「タイ語が話せるの?」
「ちょっとだけならね」
 
 
女は、嬉しそうに言った。
「私、あまり英語が得意じゃないのよ。もちろん日本語も話せないし。」
 
 
気軽にタイ語で話せるとわかって、女は次々と話を始めた。
時刻はすでに1時を回っている。
オレは特に眠くもないが、これからの展開をどうするか考えていた。
 
 
「ジュンの誕生月は6月なの?」
ジュンはニックネームで、タイ人はみんなそれを持っている。
中には2つ3つのニックネームを持つ者もいる。
プー(かに)、ガイ(鶏)、メオ(猫)、ゴップ(蛙)など、動物名が多い。
他にはレック(小さい)、ニット(少ない)なども。
最近は、英語のニックネームも多い。
ジュンもそうだが、アイス、ギフト、メイなど。
 
 
「誕生月は5月よ。」
「えーっ、じゃあどうしてメイじゃないの?」
オレは、わざとひどく驚いたフリをする。
そんな小細工も、時には会話を盛り上げるものだ。
 
 
 
しばらく話をした後で、ジュンは唐突にこう言った。
「ねえ、ディスコへ行かない?」
 
 
そう来るとは思わなかったぜ。
ジュンは、オレがホテルで一発するだけの客ではないことを見破ったのかもしれない。
そんな遊びをしないでもないが、とうの昔に卒業した。
 
 
オレはあまり踊る方ではないが、久しぶりにディスコもいいかもと思った。
意気投合した二人は、連れ立って表の入り口へ向かった。
ジュンの顔見知りらしい女たちが、意味ありげに微笑んでいた。
その脇を通り過ぎ、階段を上がって表に出た。
 
 
外は、目の前がもうスクンビット通りだ。
客を求める女たちや、それを物色する男たちがたむろしている。
屋台のテーブルでクイッティアオ(タイのラーメン)を食べている女たちの横を通って、通りへ出た。
客待ちをしているタクシーに乗り込むと、女はラチャダー通りのソイ8へ行くように言った。
 
 
ラチャダーとは、ラチャダーピセークという名の通りだ。
バンコクを南北に貫くメイン通りの一つで、途中、スクンビット通りとニューペップリー通りの間だけがアソーク通りという別の名前になっている。
しかし、ほとんどの人はそのことを知らない。
アソーク通りとラチャダーピセーク通りの区別がついていないのだ。
 
 
 
スクンビットをしばらく走ると、アソーク通り(ラチャダーピセーク通り)との交差点にぶつかる。
ここを左折して、アソーク通りに入る。
左折してすぐ右手に、ゴーゴーバーが集まる有名なソイカウボーイがある。
 
 
金曜日の深夜だが、それほど渋滞していない。
そこそこに流れる中、ニューペップリー通り、ラマ9世通りの交差点を通過する。
さらに進んで、タクシーはUターンした。
偶数側のソイ(小路)は右側にあるためだ。
 
 
タクシーはソイ8に入った。
もう有名なディスコのハリウッドが近い。
するとジュンは、その手前でタクシーに止まるように言った。
どうやらハリウッドへ行くのではなかったらしい。