ボクとルンがホテルに戻ったのは、6時半をわずかに過ぎたころだった。
ロビーではマサ先輩が、ソファーに座って待っていた。
 
 
「先輩、ちわっす。」
「おうタク、彼女とずっと一緒か?」
「えー。デパートへ行って、映画を見て、彼女の部屋にも行ってきました。これからまたバカラへ行って、ペイバーすることになってるんです。」
 
「あっそう。まあ好きにして。オレはこれから風呂へ行くからよ。じゃあ、別行動にした方がいいな。」
「はい先輩、そうさせてください。」
 
「でもタク、明日の朝は早いからよ、ホテルに戻ってきたら部屋の電話に連絡寄こすか、オレの部屋に顔をだせよな。」
「わかりました。明日の朝は5時半に送迎の車が迎えに来るんでしたよね。5時にはチェックアウトしなきゃ。」
 
 
マサ先輩には、12時ごろに先輩の部屋に顔を出すことを告げた。
ルンと一緒だから、そんなに出歩くこともないだろう。
マサ先輩は、ラチャダーのMP(マッサージパーラー)を回って、11時半までには戻って来ると言っていた。
ボクはルンと一緒に、タクシーでソイカウボーイへ向かった。
 
 
ソイカウボーイに着くと、すぐにバカラへ向かった。
店内に入ると、ルンはすぐにペイバー代をくれと言った。
ルンにお金を渡し、ルンはそれを持って2階へと上がって行った。
ぼくは、1階のソファーに座り、ビールを注文した。
 
 
しばらくしてルンが降りてきて、ボクの隣に座った。
映画館のときのように、ボクの腕にしがみつくように腕を組んだ。
ボクは腕を通して、ルンの胸のふくらみを感じていた。
 
 
しばらくそこで飲んでいたが、ルンが食事に行きたいと言う。
そう言えばボクも少しお腹が空いていた。
精算が終わると、ルンは近くのシーフードレストランへボクを連れて行った。
ボクはよくわからなかったので、ルンが適当に何品かを注文した。
食事を一緒にしていると、ルンの様子が少し落ち着かない感じがした。
 
 
「キャン・ユー・ヘルプ・ミー?プリーズ・レンド・マネー。」
「ファーイドゥユウォントマネー?ハウマッチ?」
 
 
どうもお金を貸してほしいということのようだ。
ルンが言うには、親が病気でお金がいるのだという。
自分はゴーゴーバーで働いて、毎月お金を仕送りしているのだと。
明日、田舎からお母さんが出てくるのだが、あげるためのまとまったお金がないのだと。
1万バーツ貸してくれれば、今度ボクが来たときに返すからと。
 
 
ボクは、どう答えて良いのかわからなくなった。
ルンを好きな気持ち、愛する気持ちにウソはない。
ルンの必死な表情からすると、ウソは言っていないと思う。
それに1万バーツは、クレジットカードでキャッシングすれば、出してやれない金額ではない。
あれこれ考えてしまって、ボクは黙ったままでいた。
 
 
「OK。マイペンラーイ。アップトゥーユー。」
 
 
ルンは、そう言って食事を続けた。
ボクも食事を続けたが、頭の中は食べ物を味わっているどころではなかった。
食事が終わって精算したあとで、ボクは意を決して言った。
 
 
「OK。アイルレンドユー10サウザンドバーツ。」
「チンチン?サンキュー!サンキュー・ティーラック!」
 
 
ルンは、大喜びでボクに飛びついてきた。
ボクは近くのATMへ案内してもらい、クレジットカードで1万バーツをキャッシングした。
それをすぐにルンに渡した。
 
 
ボクは、これでルンとは切っても切れない関係になったと思った。
さて、次はいつタイに来ようか。
そんなことを真剣に考えていた。
 
 
ボクとルンは、タクシーを拾ってホテルへ戻った。
もうどこかへ出かけようという気持ちはなかった。
あとは朝まで一緒に過ごすだけだ。
 
 
ホテルに戻ってシャワーを浴びると、それが自然のようにボクはルンと抱き合った。
まだ朝までは時間がある。
このまま寝ないで起きていてもいい。
ボクはそう思いながら、ルンの体を優しく撫でた。
 
 
10時を過ぎた頃、ルンの電話が鳴った。
ルンは、すぐに電話を持ってベランダへと出た。
ボクに聞かれたくないことなのだろうか。
しばらくして戻ってくると、ルンはややうつむきながら言った。
 
 
「ソーリー。アイ・ゴーバック・バカラー。ミーパンハー。ハヴ・プロブレム。」
「ワッツプロブレム?カムバックマイルーム?」
「ソーリー。プロブレム・ママサン。ノット・カムバック。ソーリー。」
 
 
いったいどうしたというのだ。
急に問題があってバカラへ戻らないといけないなんて。
それに、もうホテルには戻って来れないと。
 
 
文句を言いたかったが、それと同じくらいルンを苦しめたくなかった。
しぶしぶ認めると、ルンはボクにキッスをして、帰り支度を始めた。
ボクは財布からロングとしての4,000バーツを取り出し、ルンに渡した。
 
 
「コップンカー。サンキュー。マイ・テレフォン・ナンバー・ナ。」
 
 
お金を受け取るのと引き換えに、ルンは電話番号を書いた紙をボクにくれた。
 
 
「ター、ユー・カム・タイランド、プリーズ・コール・ミー・ナ。ウェン・ユー・カム?」
「OK。バットナウ、アイドントノーフェンカムタイランド。アイコールユーフロムジャパン。」
 
 
ルンはボクに抱きつき、ボクもルンをしっかりと抱きしめた。
時間よ止まってくれ!
まるで映画の主人公のように、ボクはルンを抱きしめながら泣いた。
 
 
ルンが帰って行ったあと、ボクは放心状態になった。
大の字でベッドに横たわり、無意味に天井をにらみつけた。
もうこれでしばらくルンとは会えない。
そのことだけは、確かだと思った。
 
 
ふと時計を見ると、11時を回っていた。
ボクは服を着てマサ先輩の部屋へ言った。
 
 
「先輩、戻ってますか?」
「おう、タクか。どうした彼女は?」
「彼女、帰りました。用事があるとかで...。」
「そっか、まあ明日は早いし、それがいいぜ。じゃあ、明日の朝5時にロビーでな。おやすみ。」
「はい、おやすみなさい。」
 
 
次の日、ひょっとしたらルンが戻って来るんじゃないかというかすかな期待は、完全に打ち砕かれた。
ホテルをチェックアウトし、しばらくすると迎えの車がやってきた。
ガイドに促されて車に乗り込むと、車はすぐに高速に乗った。
 
 
空港に着いて、ガイドとは別れた。
それでもまだ、ひょっとしたらルンが空港に来ているかもと、ボクは期待にしがみついていた。
それも、出国審査のゲートを過ぎたところで、まったくばかげたことだと思わざるを得なくなった。
 
 
飛行機に乗り、マサ先輩と思い出話をすると、ルンのことが思い出された。
今ごろ、どこで何をしているのだろうか。
日本に戻ったら、タイへ電話する方法を調べて、すぐにでもルンに電話をしよう。
次、いつタイに来るかは、それから考えればいい。
まだ一縷の望みを残して、ボクの恋の旅は終わった。