窓から外を見ると、眼下にゆっくりと雲が流れていくのが見えた。
ゆっくりと、でも着実に、飛行機は進んでいるのだろう。
今はもう沖縄を過ぎて、台湾に近いあたりだろうか。
もうすぐバンコクへ戻れる。
ボクの心の中は、期待と不安とが渦巻いていた。
 
 
ボクの名前は中尾卓也。通称はタク。25歳のどこにでもいるサラリーマンだ。
ひょんなことで村木勝人先輩と一緒にバンコク旅行をしたのは、今から3ヶ月ほど前のことだった。
それまで風俗さえ未経験の晩生(おくて)なボクは、旅行中の数日間で、実に様々な経験をした。
そしてタイ人女性のルンと出会い、彼女のことを命よりも大切に思うようになったのだった。
 
 
しかし、彼女とは旅行以来、連絡が取れないでいる。
彼女が教えてくれた電話番号に、いくらかけてもつながらないのだ。
あの状況で、彼女がボクにウソの電話番号を教えるはずがない。
だって、ボクが要求したのではなく、彼女が自分からすすんで教えてくれたのだから。
 
 
でも、電話がつながらないことは事実だった。
ひょっとしたらボクは騙されていただけなのだろうか。
いや、それは違う。だったら、彼女の身に何か悪いことが起きたのだろうか。
 
 
愛して、愛して止まないルンのことを考えると、ボクは仕事にも集中できなくなった。
これはもう一度、バンコクへ行くしかない。
そう決めたのは、帰国してから1ヶ月も経たない頃だった。
 
 
しかし、そうは言っても先立つものがなければどうにもならない。
会社も、そうそう休めるものでもない。
それに、ボクはまだやっと初めての海外旅行から戻ってきたばかり。
どうやって海外旅行の手配をすればよいのかさえ、よくわからないほどなのだ。
当然の成り行きとして、ボクは、一緒に旅行をしたマサ先輩に相談することにしたのだ。
 
 
「マサ先輩、相談があるんですが...。」
「なんだタク、そんなに神妙な顔をしちゃって。」
「あの、最後ずっと一緒にいたバカラの子なんですが、連絡が取れないんですよ。」
「なんだ、そんなことか。よくあることさ。忘れちまえ。」
「いや、そんなに簡単に言わないでくださいよ。彼女はそんな子じゃないですから。」
 
 
マサ先輩は、はなからボクが騙されているという考えだった。
それでボクは、ルンとの間にあった出来事を、事細かに先輩に話をした。
 
 
「ね、彼女がウソを言っているとは思えないでしょう。」
「まあそうだな。少なくとももう1回は騙せそうだかんな。もしかしたら、もう飽きたんじゃないか、お前のことに。」
 
「いや、もっと親身になってくださいよ。ボクは真剣なんですから。」
「だったら行ってみるしかねえだろう。それでおめえの気持ちが治まるんならな。」
 
「やっぱりそうですよね。でも、どうやって旅行を手配したらいいのかもわからないんですよ。先輩、一緒に行ってくれませんか?」
「ばーか言うんじゃねえよ。そう何度も何度も行けるかって。ともかく旅行の手配の仕方は教えてやるよ。」
 
 
ということで、ボクは一人で旅行を手配し、一人でバンコクへ行くことになったのだ。
心細さにくじけそうにもなったが、そのたびにルンのことを思い出した。
間違いなくボクは、ルンのことを愛している。