小さな会社に勤めておりましたが、部長という地位もあって、割と給料は良かったのです。
妻は専業主婦でしたが、妻の実家が土地を提供してくれたので、その上に家を建てて住んでおりました。
私は毎月の給料から、必要な生活費と妻の小遣いを妻に渡しておりました。
特別なものは私が支払いましたが、妻は私がいくら稼いでいるかに関心がなく、必要なときにお金をだしていさえすれば満足してくれていたのです。
 
 
定年が間近となったとき、私はいよいよ妻に離婚の話を切り出すことにしたのです。
愛人のことを言うつもりはありません。
ただ、私は自由に生きたいから、あなたも自由に生きたらどうだという提案をするだけのことです。
 
 
私は無趣味な人間でしたが、田舎暮らしに憧れがありました。
田舎出身だということもありますが、都会の殺伐とした人間関係に疲れていたこともあります。
一方妻は、都会生まれの都会育ちで、虫が大嫌いときています。
とても田舎暮らしなどしたいとは言わないでしょう。
しかも、年老いた妻の両親が近くに住んでいるのですから。
 
 
私は、そのことを利用しようと思いました。
そこである日妻に、定年退職したら田舎で暮らしたいと切り出しました。
案の定、妻は反対してきます。
思う壺とばかりに、私はどれだけストレスに耐えてきたかを訴え、是非にも田舎暮らしをさせてくれと妻に頼んだのです。
 
 
妻の性格は良くわかっています。
けして自分の主張を曲げることはありません。
妻は、年老いた両親の面倒も見なければならないし、絶対に田舎へは行かないと言い張ります。
私は、そこで会話をやめて、散歩してくると言って外に出たのです。
 
 
これは私の作戦です。
こんな言い争いを3度もやれば、妻に離婚を切り出すきっかけとなりそうです。
そして予定通り、私はころあいを見計らって田舎暮らしを提案し、言い争って話し合いを中断するということを繰り返したのです。
 
 
そして、いよいよ離婚を切り出す日がきました。
私はいつもと違って、穏やかに話し始めました。
「お母さんが私たち家族のために、一生懸命に頑張ってくれたことには、とても感謝していますよ。でも、私は老後の人生を自分の為に生きたいと思っているのです。もちろんお母さんにも、これからは自分のために生きて欲しい。そう思っているんですよ。」
いつもと違う私の様子に、妻はキョトンとしている様子でした。
 
 
私は、妻に提案をしました。定年退職後は別々に暮らさないかと。
「お母さんは、ずっとここで暮らしていいですよ。もちろんその気があるなら、お母さんの両親を呼んでもいいし、あるいはお母さんがそっちへ行ってもいいんです。私が元気な間は生活費もちゃんと出してあげます。だから、私を自由にさせてくれませんか?」
妻は、やっと私の意図を察したようでした。
 
 
妻は、だったら両親と一緒に暮らすから、この家はどうするかと聞いてきました。
私は、他人に貸して家賃をもらってもいいし、売却して生活費の先払い分としてもかまわないと言ったのです。
その代わり、私の自由を保障するために離婚しないかと言いました。
 
 
唐突な離婚の話に、妻は少し驚いたようでした。
そこで私は、離婚しても子供たちとの関係は変わらないし、生活費を出すことも変わらないから、今までと何も変わらないことを話しました。
ただ、私は妻と離れて自由に暮らそうとしているわけですから、それはもう夫婦とは呼べないでしょうと妻を説得したのです。
 
 
それからしばらくの期間、私は粘り強く妻を説得し続けました。
家を担保にとっているという強みもあってか、妻はやっと私の意見を聞き入れるようになりました。
私は一つの難関を乗り越え、バンコクで暮らすという夢に向かって一歩踏み出したのでございます。