妻とは、定年退職の日をもって離婚することで話がつきました。
二人の新たな門出を祝って、離婚パーティーでもやろうかと冗談を言うほど、妻も私のプランが気に入ったようです。
定年退職後に家でぶらぶらする夫を見なくても良いのですから、ある意味で願ったりかなったりだったのかもしれません。
 
 
妻は、私にどこで暮らすのかと聞いてきました。
別れても、連絡だけはとれるようにしておかなければと言うのです。
その点は、私も十分に考えてありました。
私の出身地ではないところで暮らすことにしておいた方が、あとあと面倒がないと計画してあったのです。
妻には、四国の自然が豊かな田舎で、ときおりお遍路などして暮らすと話しました。
 
 
私は実際に、移住する計画を立てていました。
四国に移住することなくバンコクへ行くのは、どう考えても無理があります。
1年くらいは四国で暮らすつもりでいたのです。
それで休日を利用して四国へ出かけ、貸してもらえそうな一軒家を見て回ったりしました。
田舎暮らしをしたい人が、アパートではおかしいでしょう。
 
 
妻には、四国へは来ないようにと話をしました。
私が自由になるための旅立ちですから。
用があるときは連絡をくれれば、私の方がここへ戻ってくると話したのです。
我ながら驚くほど、完璧な計画を立てたものです。
 
 
そして年末も押し迫った頃、定年退職の日がやってきました。
私は妻に退職したことを報告し、ささやかながら妻の手料理で二人の第二の人生を祝いあったのです。
次の日には離婚届を役所に提出しました。
これでもう、妻と夫婦の関係ではなくなりました。
そう思うと、やたらとバンコクで待つゴイさんのことが恋しくなります。
 
 
私は1週間ほど準備をして、正月早々に妻に別れを告げました。
四国へと旅立ったのです。これで晴れて自由の身です。
 
 
バンコクの郊外には、すでに家を買ってありました。
建売住宅でしたが、内装工事が必要でした。
タイでは、内装工事は家を買ってからやるのが普通のようなのです。
私は全くわかりませんので、すべてゴイさんの好きなようにやってもらいました。
 
 
日本で家を買うのに比べれば、はるかに安い値段です。
内装工事なども含めて600万バーツほど。日本円だと約2,000万円ほどになります。
400万バーツを頭金としてゴイさんへ送り、残りはローンにしました。
 
住んでいた家は、妻が他人に貸すことになっていました。
その収入がある間は、私は妻の生活費を送る必要がありません。
退職金は、投資信託や株などで運用することにしました。
それまでの銀行預金と退職金とを合わせて、約3,000万円ほどになります。
ローンを組まずにバンコクの家を買うこともできたのですが、生活費の心配もあるので、こういう形にしたのでございます。