四国に移住した私でしたが、特に何がやりたいということもありません。
ただ、元妻が私の浮気に気がつかないようにするための、時間稼ぎをするのが目的です。
完全犯罪を狙っての四国移住でしたが、だんだんとその生活に飽きてまいりました。
 
 
することがない私は、毎日のようにゴイさんへ電話をかけました。
安く国際電話がかけられるようにと、IP電話にしてあります。
彼女へは、今までどおりに月に1回はタイへ行くけど、完全に移住するのは1年後だと言ってあります。
そして、タイへ行くときは1週間から10日くらいはいられるということも。
 
 
元妻へは、最初は1週間に1回のペースで、近況報告をしていました。
電話をかけることはまずありません。写真も添えて手紙を送るのです。
それは私が確かに四国で暮らしていることの証なのです。
 
 
四国での暮らしが数ヶ月続き、初夏の穏やかな季節となった頃、私はお遍路でもしてみようかという気持ちになりました。
せっかく四国で暮らしているのですし、1回もお遍路をしないのも損だと思ったのです。
仏教への信仰が、それほど篤かったという訳ではありません。
ただ、残りの人生を幸せに過ごせるようにと、願掛けをしたいというほどの気持ちでした。
 
 
四国八十八ヶ所を歩いて回れば、だいたい45日ほどかかります。歩き遍路と言います。
弘法大使空海の足跡を慕って四国の山野を歩く修行であり、日本中のみならず、世界中の人が遍路を行っています。
お偏路を行う人をお遍路さんと呼びますが、お遍路さんはお大師様と同じと考えられます。
そのため、地元の人々はお遍路さんに飲み物や食べ物をあげたりする、お接待と呼ばれるおもてなしをするのです。
 
 
私は八十八ヶ所を全て回る気持ちはなく、ただお遍路の真似事をしてみたかったのです。
それで、第1番の霊山寺から始まって第5番の地蔵寺までの、日帰り遍路をしてみました。
約13kmほどの工程になりますが、第3番の金泉寺には弁慶が持ち上げたという、有名な弁慶の力石があります。
 
 
工程の終盤にある第4番の大日寺は、大日如来を本尊とするお寺です。
荘厳な雰囲気が漂う境内で一休みしていたところ、同じようにお遍路をされている初老の男性から声をかけられました。
お遍路では、同じように遍路をしている人は仲間のような感じですから、だれかれとなく気さくに声を掛け合うものなのです。
 
 
「私、実は長年連れ添った妻を亡くしましてね。その供養の意味もあって遍路をしています。」
その男性は、そう身の上話を始めたのです。
「私はひどい男でしてね。妻が生きているときに、労わりの言葉一つもかけてやらなかったのです。妻が掃除をして食事を用意してくれても、そのくらいは妻として当たり前だろう、というような気持ちでした。夫婦仲が悪くてね、顔を合わせれば文句を言い合う感じでしたから。」
 
 
私は、その男性の話を、私の元妻と重ね合わせて聞いていました。
「ところがある日、妻は交通事故に合いましてね。即死でした。子供もいませんでしたから、私はそれから一人暮らしです。困りましたよ、家のことが何一つわからないのですから。」
「そりゃあ大変なことでしたねえ。」
「でもね、自分でやり始めると、妻の苦労がわかったんです。大変だったのは私じゃなくて、妻だったんですよね。その妻に対して私は、文句ばかり言ってました。私は大バカ者です。」
 
 
おそらく、今までにも何人かの人にその話をして聞かせたのでしょう。
話をすることでその男性は、自分のやるせない気持ちを癒そうとしていたのかもしれません。
私は男性の話を聞きながら、私自身はどうなのだろうと考えてみたのでございます。