「あなた、名前は何?」
ボクが太ももに手を置いたことをまったく気にせず、彼女はそう質問した。
「名前はマサル。キミは?」
「私はエーよ。ナイストゥーミーチュユー。」
 
 
「エーというんだ。」
「違う、エーじゃない、エーよ。」
「(そう言ってるつもりなんだけどなぁ)エーかい?」
「そう、そのエーよ。」
 
 
タイ語には5つの抑揚パターンがある。
つまり、日本語では同じ「エー」でも、タイ語なら5つの言葉になる。
もちろん、必ずしもすべてが言葉として存在するわけではない。
たとえば「マー」なら、抑揚によって、「馬」「犬」「来る」というように意味がまったく変わってくるのだ。
 
 
ボクは少しはタイ語が話せるものの、単語をつなげただけのブロークン。
ついつい日本語の抑揚のクセが出てしまって、タイ人にはよくわからないらしい。
 
 
エーは、少し気が強そうな感じの子だ。
でも、ニコッと微笑んだ時の顔は、吸い込まれるようにかわいい。
その彼女が、真剣な表情で演じるショーは、ボクの心を釘付けにした。
 
 
いわばボクのアイドルだ。
そのスーパー・アイドルが、今ボクの隣に座っている。
そして、恐れ多くもそのアイドルの太ももに、ボクは手を置いているのだ。
 
 
「天にも昇るような気持ち」という言葉があるが、今はその表現は似つかわしくない気がする。
スーパー・アイドルを自分だけのものにしたという満足感と、そうしてはいけないという気持ちが闘っていた。
 
 
アイドルは、遠くから眺めているから、いつまでもアイドルなのだ。
もし自分の手の中に入れてしまったら、その瞬間にアイドルではなくなる。
ボクの中には、そんな気持ちがあったのだ。